出生の秘密を知った日、私の命はもう尽きかけていた第1話
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私、久留島朝葉(くるしま あさは)が重症の再生不良性貧血だと告げられたとき、最初に感じたのは悲しみではなく、安堵だった。
どうせ私は、この家の本当の娘じゃない。
死んだところで、誰にも何も返さなくていい。
6歳のころ、妹の久留島紗月(くるしま さつき)が抱いていたぬいぐるみを、ほんの少し長く見ていただけで、母の久留島冴子(くるしま さえこ)に壁際へ引っ張られた。
「あんたは私たちの本当の子じゃないの。この家で暮らせていることも、何もかも、私たちがしてあげてることなんだから」
それ以来、私は自分から何かを欲しいと言わなくなった。
紗月には新しいワンピース。
私は、紗月のお下がりの制服。
紗月がピアノを習っているあいだ、私は翌朝の食事代をもらうためにキッチンで皿を洗った。
ずっと、この家に一時的に置いてもらっているだけの子みたいに暮らしてきた。
いつ「もういらない」と言われてもいいように。
病気が分かったあと、医師から、造血幹細胞移植を受けるなら血縁者のHLAも調べたほうがいいと言われた。
けれど、家には何も話さなかった。
ひそかに実の両親を探しながら、7年かけて貯めたお金を、榎森市郊外の樹木葬霊園の頭金に充てた。
それが、昨夜までは私にできる精いっぱいのことだった。
39度の熱に浮かされながら水を飲みに行ったとき、寝室から父の久留島隆成(くるしま たかなり)と母の話し声が聞こえた。
「昔のやり方、やっぱりひどすぎたんじゃない?朝葉、どんどんこの家の子じゃないみたいになってる」
母の声に、父はため息をついた。
「仕方ないだろ。紗月は養子なんだ。朝葉に自分が実の娘だと教えていたら、あの子が紗月に何でも譲ると思うか?」
手からグラスが滑り落ちた。
床を転がり、足元で止まる。
私は、養子なんかじゃなかった。
19年間、実の娘として大切にされてきた紗月のほうが、養子だった。
寝室の前で、思わず笑ってしまった。
けれど、真実を知るには遅すぎた。
私の体にはもう、ほとんど時間が残されていなかった。
* * *
「こんな夜中に、何騒いでるの?」
母が寝室のドアを開け、眉をひそめた。
廊下の照明は薄暗かった。それでも、母の目に浮かぶ嫌悪だけは、嫌になるほどはっきり見えた。
母との距離は2メートルもない。
足元には、割れたグラスが散らばっていた。
顔を上げる。
39度の熱で視界はぼやけているのに、母の表情だけは妙にはっきり見えた。
警戒するような目。その奥には、夜中に邪魔された苛立ちまでにじんでいる。
「……落としただけ」
小さく答え、ゆっくりしゃがんでガラスの破片を拾い始めた。
母はため息をつき、立ったまま私を見下ろした。
「ほんと、いつもそそっかしいんだから。紗月は明日ピアノコンクールなのよ。起こしたりしたら、お父さんに怒られても知らないわよ」
寝室の奥から、父の不機嫌そうな声が飛んできた。
「もういい。片づけたら、さっさと部屋に戻らせろ。いつまでもそこにいられたら邪魔だ」
母は腕を組んだまま、冷たい目で私を見た。
「聞こえたでしょ。ちゃんと片づけなさい」
顔が熱で真っ赤になっていることも。
しゃがんでいるだけなのに体が震えていることも。
母は何ひとつ聞かなかった。
黙ったまま、最後に残った破片を拾い上げる。
鋭い縁が人差し指に食い込み、すぐに血がにじんだ。
赤い雫がぽたりと落ち、ウールのカーペットに小さな赤黒い染みを広げていく。
重症の再生不良性貧血で、血小板はひどく減っていた。
こんな小さな傷でも、血はなかなか止まらない。
あっという間に、掌まで真っ赤になった。
そこでようやく、母も気づいた。
けれど、心配するより先に息を呑んだ。
「朝葉、まさかわざとじゃないでしょうね?
そのカーペット、紗月が気に入ってるのよ。わざと汚して、私たちへの当てつけでもしてるつもり?」
指先を伝う血を見つめていると、体の芯まで冷えていくようだった。
19年。
6歳のとき、父と母から「朝葉はうちの本当の子じゃない」と聞かされてから、私はずっと、この家で何をするにも遠慮して暮らしてきた。
新しい服が欲しいとも言えなかった。
お小遣いもねだれなかった。
具合が悪くても、病気だと口にすることさえ怖かった。
捨てられるのが怖かったから。
けれど、今はもう分かっている。
私は、この家に遠慮して生きる必要なんてなかった。
実の父と母に、娘として当たり前に持っていたはずのものを奪われていただけだった。
そんなことも知らずに19年も怯えていた自分が、ひどく滑稽に思えた。
「……ごめんなさい」
手を引き、まだ血の止まらない指先を、ぎゅっと掌の中へ握り込んだ。
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