出会わぬままいられたなら第1話
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藤沢家の長男の妻――藤沢沙織(ふじさわ さおり)がまた調子を崩したとき、私はまた離婚になるのだとわかった。
そっと目を閉じて心の中でつぶやく――「これで九回目」
藤沢和幸(ふじさわ かずゆき)はこめかみを押さえ、申し訳なさそうに言う。
「由依、兄があまりにも突然亡くなって、沙織とお腹の子を残したままだ。俺が放っておけるわけがないんだ。
でも安心してくれ。子どもが生まれたら、すぐにまた籍を入れよう。今度こそ、二度と離れたりしないから」
私はただ黙っている。
だって、このセリフはもう八回も耳にしたんだから。
最初の離婚は、和幸の兄が急に亡くなり、沙織が取り乱したのがきっかけだった。
当時、彼女は妊娠していて、和幸は彼女を落ち着かせるため、いったん私と離婚し、後でまた夫婦に戻ろうと言い出したのだった。
それから九か月の間に、私たちは八度も結婚と離婚を繰り返した。
周りからは「八度離縁の名家」なんて揶揄され、自分でもさすがに馬鹿げてると思う。
離婚届の受理証明書を受け取ったとき、隣の職員がそっと尋ねてくる。
「次はいつ頃、ご再婚の手続きにいらっしゃいますか?」
私は淡々と答える。
「もう次なんてありません」
* * *
藤沢家の長男の妻――藤沢沙織(ふじさわ さおり)がまた調子を崩したとき、私はまた離婚になるのだとわかった。
そっと目を閉じて心の中でつぶやく――「これで九回目」
藤沢和幸(ふじさわ かずゆき)はこめかみを押さえ、申し訳なさそうに言う。
「由依、兄があまりにも突然亡くなって、沙織とお腹の子を残したままだ。俺が放っておけるわけがないんだ。
でも安心してくれ。子どもが生まれたら、すぐにまた籍を入れよう。今度こそ、二度と離れたりしないから」
私はただ黙っている。
だって、このセリフはもう八回も耳にしたんだから。
最初の離婚は、和幸の兄が急に亡くなり、沙織が取り乱したのがきっかけだった。
当時、彼女は妊娠していて、和幸は彼女を落ち着かせるため、いったん私と離婚し、後でまた夫婦に戻ろうと言い出したのだった。
それから九か月の間に、私たちは八度も結婚と離婚を繰り返した。
周りからは「八度離縁の名家」なんて揶揄され、自分でもさすがに馬鹿げてると思う。
離婚届の受理証明書を受け取ったとき、隣の職員がそっと尋ねてくる。
「次はいつ頃、ご再婚の手続きにいらっしゃいますか?」
私は淡々と答える。
「もう次なんてありません」
私と和幸が役所を出ると、外で待ち構えていた和幸の義姉――沙織が、待ちきれない様子で駆け寄ってくる。
「離婚届の受理証明書は?見せなさい!
まさか、私を騙そうなんて思ってないよね?騙す気なら、川にでも飛び込んで、あなたの兄の血筋を絶ってやるわよ」
和幸は困り果てた表情で、私の手から離婚届の受理証明書を取り上げ、彼女に渡す。そして、柔らかい声でなだめてあげる。
「由依と本当に離婚したんだ。嘘なんてつかないよ。あなたはもうすぐ出産なんだから、家でゆっくりしてくれないか?」
沙織は離婚届の受理証明書を三度も念入りに確かめ、目を細めて笑い、あごをしゃくって挑発的にこちらを見てくる。その笑みは勝ち誇ったものだ。
「これならまあ、納得できるわ。これでようやく安心してお産に向かえそうだわ」
私も思わず声を立てて笑ってしまう。けれど胸の奥には、どうしようもなく苦いものが広がっている。
和幸の兄が亡くなってからというもの、沙織の情緒は不安定そのものだ。
今回は、ただ私がうっかり彼女のおかゆをこぼしてしまっただけのことだった。
それだけで、家の中で暴れて鍋や皿を投げ散らかしたのだ。
「あなたの兄が死んだからって、みんなで私をいじめるつもり?和幸、あなたの兄、あんなにあなたに優しかったのに。あなたの嫁は私におかゆの一口すら寄こさない。これであなたの兄の仏前に顔向けできるの?」
そのとき、私たちは再婚してまだ一週間しか経っていなかった。なのに、また離婚の話になってしまった。
そして今日、沙織は待ち構えていたように和幸を急き立て、私を役所へ離婚届を出しに行かせた。
「離婚届を出しに行かないなら、死んでやるわ!お腹の子と一緒に死ぬんだから」
和幸は完全に取り乱し、私の手首をぐっと掴んでソファから無理やり引き起こした。その勢いで私のすねがテーブルの角にぶつかった。
鋭い痛みが走り、私は思わず眉をひそめた。だが、彼は全く気づかず、ただ急き立てるばかりだった。
「早く離婚届を出しに行こう。沙織はもうすぐ出産なんだ。このタイミングで何かあってはならない。由依、もう少し我慢してくれ」
私は唇を結び、緊張で眉を寄せた彼の顔を見つめた。
ふと、結婚したばかりの頃を思い出した。あの時、私は三日も高熱にうなされて、ぐったりと寝込んでいた。彼はずっと私の手を握りしめ、心配そうに涙を流していた。
あのときと同じ緊張感に包まれた顔。その表情は変わっていなかった。
でも彼が心を寄せている相手は、もう私じゃない。
ならば、この歪んだ結婚生活も終わらせるべきだろう。
和幸は、沙織が私を見る時の敵意にまったく気づかぬまま、優しい声で口を開く。
「ほら、離婚届も出したんだから、早く帰ろう」
私は黙って彼のあとを追う。だが車に乗ろうとした瞬間、沙織が大きなお腹を抱え、私たちの間に割って入ってくる。
彼女はそのまま和幸の腕に絡み、私を睨みつけて言い放つ。
「あなた、本当に礼儀ってものを知らないのね。親に男女のけじめを教わらなかったの?
もう離婚したのに、どうしてまた和幸の車に乗るのよ。そんなの他人に見られたら笑いものよ」
私の中で怒りが一気に噴き上がり、思わず和幸の顔をうかがう。
彼は困ったような表情を浮かべながらも、その目の奥には隠しきれない優しさがにじんでいる。
さらに、沙織のお腹を撫でながら、やさしく続ける。
「沙織、あなたはもうすぐ出産なんだから。たとえ俺が由依と離婚したって、彼女はあなたのそばにいて、ちゃんと面倒を見なきゃいけないんだよ」
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