冷たい指導医の彼氏、別れて後悔してる第3話
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向こうから、アリスの今にも泣き出しそうな声が聞こえた。
「母が急に足を挫いちゃって、今全然動けません。さっき救急車を呼んで、うちの病院に向かっているところです。加久間先生、受け入れの準備お願いします……」
彼女の泣き声が、私の助けを求める声をすっかり掻き消した。
すぐに、電話は切れた。
結局、私が出勤時間になっても現れないことに気づいた同僚が救急車を呼び、私は病院へ搬送された。
次に目を開けたとき、センター長が私を見て、ため息をついた。
「高熱による脳へのダメージは不可逆的だ。若嶋先生だって医者なんだから、わかるだろう」
わかっている。
でも指導医である廉太なら、私よりずっとよくわかっているはずだ。
廉太が私の発熱と入院を知ったのは、もう真夜中を過ぎてからだ。
ちょうど病棟の巡回から戻ったところで、白衣を脱ぐ暇もなく、枕元のカルテを手に取った。
「まだ熱が下がりきってないな。もう1本点滴を足して様子を見よう」
私の額に触れる手つきは、とても優しい。
けれど、私の目は冷え切っている。
「私が熱を出したって言ったのに、どうして助けてくれなかったの?」
廉太の手が止まり、眉間にしわが寄った。
「年寄りと若い奴は違うだろ。アリスのお母さん、もし骨折してたらどうするんだ?医者なら、どっちが重症かくらいわかるだろ」
でも、彼の座右の銘は――「どんな患者も平等に扱う」だったはずだ。
そこへアリスが入ってきて、顔には申し訳なさが浮かんでいる。
「うちの母が、よりによってこんなときに怪我しちゃって……そうじゃなかったら絶対に廉太をいち早く家に帰らせたのに。そうしたら静恵の体調が悪化して、入院することだってなかった……」
廉太は私を冷たい目で一瞥すると、アリスを低い声で慰めた。
「急なことなんだから、タイミングも何もないだろ。静恵は昔から一番手がかかるんだ。アリスも知ってるだろ」
私は声を落として言った。
「足の捻挫ぐらい、他の先生でも十分対応できたでしょ」
廉太の目に浮かびかけていた笑みが消え、代わりに苛立ちが滲んだ。
「こうして無事だったんだからいいだろ。
あのときアリスが泣いてたから、俺もパニックになってそこまで頭が回らなかったんだ。静恵ならいつだって自分のことくらい何とかできると思ってたしな」
もしかしたら、私が泣いていれば、廉太が話を聞いてくれたかもしれない。
もしかしたら、廉太にとって、何を差し置いても優先されるのは、最初から私じゃなかったのだ。
けれど今回ばかりは、一歩間違えば命を落としていたかもしれない。
これまで軽く扱われてきたこととは、事態の重みがまるで違う。
遅れて込み上げてきた悔しさが、喉に詰まったように感じた。
私はその苦い思いを飲み込み、静かに言った。
「廉太、別れよう」
そう言って、背を向け、目を閉じた。
後ろからアリスが私の服の裾をつかみ、今にも泣き出しそうな声で言った。
「静恵、本当にごめんなさい。私が悪いんだから、怒らないで……」
次の瞬間、背後から廉太の苦笑が聞こえた。
「アリス、真に受けるな。静恵が本気で言ってるわけないだろ。
どうせTikTokか何かで、弱ったふりをして気を引くやり方でも覚えたんだ。
前は何があっても怒らなかったくせに、最近急に態度が変わって、マジで意味が分からん」
二人はまた、いつものように無口な私を笑いものにしている。
けれど二人とも、私のスマホに航空会社から1件の通知が届いたことには気づかなかった。
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