八十八回目の婚礼キャンセルのあとで第2話
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チャペルの天井を見上げると、重たい闇が最後の光までも飲み込んで、私の孤独な影を静かに包み込んでいた。
午前0時の鐘が十二回鳴り終わる。それでも、悠真は戻ってこなかった。
――また今回も、私が心を込めて準備した結婚式は、これまでの八十七回と同じく、誰にも拾われないまま瓦礫みたいに散らばるんだ。
スマホの画面が光る。そこには美結のインスタの投稿。
9枚に分けられた写真は、どれも幸せいっぱいの顔ばかり。
両親は嬉しそうに、美結のために葡萄を剥いてあげてる。
悠真は優しい笑顔で美結の隣に座って、髪をそっと撫でている。
そして一番目立つ「家族写真」――両親も悠真も、体の弱い美結を囲んで、みんな眩しいくらいの笑顔。
美結のコメント。【病気は苦しいけど、こんなに愛されてるから、私はまた頑張れる。パパ、ママ、そして悠真くん、本当にありがとう。みんなの愛があるから、何度でも立ち上がれる】
コメント欄もびっくりするほど揃ってた。
父:【美結、早く元気になれ。父さんはずっと君を守るから】
母:【美結、怖がらなくていいよ。母さんはずっとあなたの味方。美結は永遠に母さんの一番大切な宝物だから】
悠真:【ゆっくり休んで、きっと全部乗り越えられるよ】
その直後、母からメッセージが届く。【美結の投稿にコメントしてあげて。紬が怒ってるかもって心配で、薬も飲みたがらないの】
――これが美結の挑発だってこと、すぐに分かった。
また勝ったって、私に見せつけてるんだ。
でも、やっぱり心のどこかで悔しい気持ちが湧いてくる。
おかしいよね。私は両親の本当の娘で、悠真の婚約者なのに。
美結と私の間で何かトラブルがあると、私が大切に思ってる人たちは、みんな迷いなく美結の味方になる。
初めて式が中止になったのは、美結の誕生日と被ったから。
美結は泣きながら会場をめちゃくちゃにして、「毎年自分の誕生日を思い出すたびに苦しむのは嫌だ」と騒いだ。
悠真は即答で日取りを変更。両親も私たちの写真を外しながら私を責める。
「紬、悠真がいるのに、どうしてそんなに美結を傷つけるの?なんて酷い子なの」
二回目の結婚式が中止になったのは、美結が「悠真が結婚したら、もう私のことなんて見向きもしてくれない」っていう夢を見たからだった。
夜中に突然、悠真の家まで押しかけて行って、彼にしがみついて離れなかった。
そのまま、私たちが一緒に選んだ結婚用ベッドで平然と眠り込む美結。
悠真は何も言わず、それをそのまま受け入れていた。
両親は私の手を引いて、強引に家へ連れて帰る。
「美結がやっと寝ついたんだから、起こしちゃダメでしょ。驚かせたくないの、紬はどうしてそんなに空気が読めないの?」
三回目は、悠真が美結に贈った猫が行方不明になったからだった。猫を探しに行った彼女は、事故に遭い……それが大きな騒ぎになった。
両親は私を家の外に閉め出し、一昼夜、反省しろと言った。
「あの猫が美結にとってどれだけ大事か知ってたはずでしょ?
なんで出かけるとき、ちゃんとドアを閉めておかなかったの?」
……そして今回は、私たちの式に美結を招かなかったから。「大切な存在じゃない」と感じて、また騒ぎ出した。
回を重ねるごとに馬鹿馬鹿しい理由なのに、毎回、悠真も両親も彼女に振り回されて、私のことなんて簡単に後回しにされる。
何度も訴えて、泣いて、喧嘩して――でも、結局いつも「紬が譲ってあげなさい」「我慢してあげて」「犠牲になってくれ」ばかり。
八十七回も式をキャンセルされて、それでも足りなかった?
空っぽのチャペルを見渡して、私はやっと諦めがついた。
もう十年もこの家に戻ってきて、どれだけ頑張っても、どれだけ優秀になっても、両親は「美結こそが一番いい子」って信じて疑わない。
私はただ「妹と争う自分勝手な嘘つき娘」でしかないんだ。
もういいよ、たぶん最初から、私は家族に期待しすぎてたのかもしれない。
母の言いつけ通りに、美結の投稿に一言だけコメントを残す。
「美結が早く元気になりますように」
すぐに母から絵文字付きの返信。「紬も母さんの宝物だよ」
――笑っちゃう。私が美結に譲った時だけ、母は少しだけ優しくなる。
でもちょっと気になってる。もし両親が「優しい娘」の本性を知ったらどうなるんだろう。
美結は病気も演技だし、過去の誘拐事件も全部計画だったって知って、私を二度と見つけられなくなったら――きっと後悔するかな?
唇を噛みすぎて血が滲んだのをやっと離し、私は再びビジネスパートナーに電話した。
「H国のプロジェクト、私、行くわ」
静かな夜に、男性の驚いた声が響く。
「本気か?H国に行くと十年戻れないんだぞ。今日結婚したばかりで、もう別居って……彼、納得してるのか?それにご両親、君の一番の願いって、家族のそばにいることだったろ?」
私はがらんどうのチャペルを見ながら、また苦笑いする。
「結婚式、また無くなったし、夫なんてもういないよ。親なら、美結さえいれば十分でしょ」
相手は一瞬黙って、深くため息をつく。
「……わかった。じゃあ、明日出発できるように準備しておいて」
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