兄たち、今さら後悔しても遅い第2話
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私が黙ったまま俯いていると、絃が慌てて抱きしめてきた。
蒼鳥は額に手を当て、「藤乃、熱でもあるのか?どうして何も言わないんだ」
「顔色が真っ白だぞ。唇まで血がついてる……まさか痛みに耐えきれず噛んだのか?」
――ああ、やっぱり分かってたんだ。
私が痛みに唇を噛み切っていたことも。
「藤乃、ううう……全部俺たちのせいだ。あの時怪我したのが俺ならよかったのに!」と絃は声を震わせて言った。
「兄さんがもっと役に立てたなら……この脚を君にあげられたらよかったのにな」と遥斗は悔しそうに語った。
「俺がちゃんと看病できなかったからだ……兄として生きている価値なんてない!」と蒼鳥は自分を責めて叫んだ。
三人は頭を抱え、自分を平手打ちし、顔に血の跡を残しながら泣き崩れた。
……理解できない。
口では「大事だ」と言いながら、背を向ければ別人になる。
昔、空腹に耐えかねて店から肉まんを盗んだとき、店主に殴られても兄たちは私を庇い、血を吐いてまで守ってくれた。
帰ってきても、一度も私を責めたことはなかった。
――そんな兄たちが、半生をかけて私を騙していた。
私を「貧しい妹」として縛りつけながら、花音だけは何の苦労も知らない温室の花として甘やかしていた。
傷口はじくじく疼き、段ボールを掴む手は血が滲むほど。
三人の顔に一瞬、動揺が走り、繰り返し私に「どうしたんだ」と問いかけてきた。
私は血の味を飲み込み、唇を吊り上げて笑った。
「……大丈夫。ただ夢を見ただけ。夢の中の女の子はね、まるでプリンセスみたいで。誕生日には大勢の音楽家が呼ばれて、背の高いケーキを食べて、ドレスも宝石もきらきらで……それから黒いカードを三枚、当たり前みたいに渡されてたの。
でも私は、新年の夜をひとり、ゴミだらけのボロアパートに寝転んで過ごしただけ」
三人は顔を見合わせ、かすかな動揺が目に浮かぶ。
そこから芝居が始まった。
遥斗が膝をつき、涙を落とす。
「藤乃、本当にごめん。君の治療費を稼ぐために正月勤務を選んだんだ。だから術後すぐでもアパートに置いていくしかなかったんだ」
蒼鳥が頭を撫で、目を赤くする。
「うちは貧乏だけど、精一杯やってるんだよ。夢なんて幻だろ?現実の愛の方がずっと大きいんだ」
「ほら、ケーキのクリーム溶けちゃうぞ。食べて」
絃が口元にケーキを押し付ける。
舌に広がる甘さは、今では毒そのもの。
ひと口だけ飲み込み、皿を置いた。
「藤乃、なんで食べない? 手術で失血したんだから糖分を取らないと」
……糖分を取るだけで血が止まるわけない。
花音にはオーケストラ、私はせめて医療チームすら持てないのか。
私は拳を握りしめ、やっと言った。
「……病院に行きたい」
それは、包帯をねだった時以来の二度目の「お願い」。
手術のあと、血と膿が止まらなかった。
でも必死に黙っていたのは、心配させたくなかったから。
その間も必死にペットボトルや段ボールを集め、病院代にと貯めてきた。
「えっ……病院?なんで急に……今だって大丈夫じゃないか。前の手術費だってまだ返せてないんだぞ」
三人は困った顔で私を見つめ、目の奥には責める色。
花音の頭に乗るティアラは何千万もするというのに、私が望んだのは、たった一度の一万円の治療。
ただ必死に、自分の命を繋ぎとめたかっただけ。
遥斗が目配せをし、優しい声を作る。
「藤乃、じゃあ今夜は包帯を買いに行こう。ね?」
「そうそう、病院で肉を切られるより包帯で止血した方がいいさ。痛み止めも買ってあげるよ」
絃は背中をぽんぽん叩いて宥める。
……私は手のひらに爪を食い込ませ、仕方なく頷いた。
痛みさえ和らげば、それでいい。包帯を巻けば少しは「まとも」に見えるだろう。
兄たちの表情が安堵に緩んだ、その時。
三つのスマホが同時に鳴り出した。
――「可愛い花音のお兄さん、電話ですよ~♪」
女の子の甘い着信音。
三人は慌てて通話を切り、視線を交わす。
「藤乃、ごめん。工事現場から急に連絡があって、セメントを運べって」
「そうそう、三人同時に。相当急ぎらしい」
「今夜は我慢してくれ。どうせ今までも我慢してきたんだから……でも一人で出歩くなよ。足がないんだから危ない」
返事を待たず、三つの背中は消えていった。
私は欠けた足を見下ろし、呟く。
「……本当なのか?兄さんたち……」
希望を捨てきれず、両手で体をずるずると引きずって前へ進む。
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