偽りの独占欲にさよなら。もう「幽霊彼女」をやめます第2話
この話は約2056字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
悠真の最新のSNSに残っていた位置情報を頼りに、私はその海辺のホテルへ向かった。
タクシーに乗ると、私と悠真との共用口座から引き落としの通知が届いた。
悠真が数十万円を使っていた。
利用先はあるジュエリーショップだった。
数分後、悠真のSNSが更新された。
写真には、細い手首にダイヤのブレスレットをつけた女の子が写っていた。
添えられていた言葉は、【女の子は、お姫様みたいに大事にしてあげないと】だった。
私は自分の手首へ目を落とした。
そこには、薄い傷跡が残っている。
去年の冬、悠真が胃の痛みで寝込んだ夜、私は夜中に起きてお粥を作った。
そのとき、うっかり鍋の縁で手首をやけどした。
悠真はひどく心配し、私の手を両手で包んで、赤くなったところに何度も息を吹きかけてくれた。
「なっちゃん、もういい。これからは俺にやらせて」
けれど少し前、悠真がお粥の作り方を覚えていたことを知った。
ただし、それは私のためではなかった。
SNSに上がっていた写真には、熱を出したあの子のベッドのそばに座り、自分の手でお粥を食べさせている悠真が写っていたものがあった。
私が失ったと思っていた彼の優しさは、消えたわけではなかった。
ただ、その優しさを向ける相手が、私ではなくなっただけだった。
タクシーを降りたところで、悠真から写真が届いた。
写っていたのは、大きなカンガルーのぬいぐるみだった。
【なっちゃん、これ、かわいくない?買って帰るね】
私は写真を開いた。
ショーケースの中のぬいぐるみを写した写真だった。ガラスには、女の子の顔が半分だけ映り込んでいた。
彼女は悠真の肩に寄りかかり、髪を耳にかけながら、甘えるように笑っていた。
私はスマホをしまい、ホテルの中へ入った。
ロビーでは貸し切りのパーティーが開かれていた。
入口には白いバラとシャンパンタワーが並んでいる。
横断幕には、こう書かれていた。
【江坂悠真さん、水瀬莉奈さん 3周年おめでとう】
水瀬莉奈(みなせ りな)。彼女の名前だった。
ロビー中央のスクリーンには、悠真とその女の子の写真が繰り返し映し出されていた。
どの写真の中でも、悠真は心から楽しそうに笑っていた。
自分だけが場違いな場所に迷い込んだような気がして、私は入口に立ち尽くした。
ふと、先月のことを思い出した。
私が悠真に、カップルの写真を撮りに行きたいと言ったとき、彼はこう言った。
「なっちゃん、俺、写真撮られるの嫌いなんだ」
けれど今、スクリーンに映るどの写真も、悠真はカメラを見て笑っていた。
白いスカートをはいた女の子が、エレベーターから駆け出してきた。手には、押しつぶされて少し曲がった誕生日の冠。
後ろから悠真が笑いながら追いかけてくる。
「もう、来ないで!」
彼女は頬を赤らめ、乱れた髪を押さえながら振り返った。
「せっかくのメイクが崩れちゃったじゃない」
悠真は追いつくと、慣れた手つきで冠を直してやった。
「悠真」
かすかに震えた私の声が、海風に乗って会場の中へ流れた。
悠真は私を見るなり、顔色を変えた。
反射的に、莉奈の肩を抱いていた手を離す。
莉奈が私を見た。
「悠真、この人は?」
彼女の声は小さく、おびえた小鹿のようだった。
悠真はすぐに彼女の方へ顔を寄せ、なだめるように言った。
「ただの友達だよ」
7年付き合ってきた日々。
3000日近い時間。
数えきれない喧嘩と仲直り。
それらは最後に、彼の口の中で「ただの友達」になった。
きっと泣くと思っていた。
けれど不思議なことに、涙は一滴も出なかった。
人は本当に限界まで傷つくと、声すら出なくなるのかもしれない。
私はスマホを取り出し、アルバムを開いた。
「私は、江坂悠真の彼女です。付き合ってからもう7年です」
私はスマホを掲げた。
最初の写真は、大学の新歓ライブだった。
悠真がステージでギターを弾き、歌い終えたあと、全校生徒の前で私に告白した。
2枚目は、私たちが卒業した年。
悠真は初めての給料を全部使ってネックレスを買い、不器用な手つきで私につけながら、いつか必ず幸せにすると言った。
3枚目は、私が40度の高熱を出した夜。彼は私を背負って病院へ駆けつけ、目を真っ赤にしていた。
4枚目は、去年の大みそか。私の実家の台所で、悠真は粉だらけの手でそばを打ち、両親に向かって言った。
「ご安心ください。夏海さんのことは、僕が一生大切にします」
動画も一つずつ再生して見せた。
悠真の顔は、段々と血の気が引いた。
莉奈も呆然としていた。
画面の中の若い頃の悠真を見つめながら、彼女は涙をぽろぽろこぼしている。
「とっくに別れたって言ってたよね?」
悠真は喉を動かしただけで、何も言えなかった。
周りにいた人たちが、ようやく状況をのみ込んだように、気まずそうに口を開いた。
「先に付き合っていたからって、その愛が本物とは限らないでしょう」
「そうだよ。悠真と莉奈ちゃんの3年だって大変だった。本当に愛し合ってるんだし」
「悠真を本当に愛してるなら、譲ってあげてもいいんじゃない?」
「7年だから何?公にされていないほうが、むしろ浮気相手みたいなものじゃない?」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)