偽りの独占欲にさよなら。もう「幽霊彼女」をやめます第1話
この話は約2555字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
私には、ひどく独占欲の強い彼氏がいた。
7年付き合ってきた江坂悠真(えさか ゆうま)が、口癖のように言っていた言葉がある。
「君がかわいすぎるから悪いんだ。誰かに取られたくない。だから、ほかの男には見せたくない」
「なっちゃんはきれいだから、誰だって惚れる。ほかの男が少し見るだけでも、俺は嫉妬するんだ」
だから悠真は、私を自分の友人たちに近づけようともしなかった。
けれどある日、私は別アカウントで彼のSNSを見つけてしまった。
3年分、600件を超える投稿。
そこにあったのは全部、彼と別の女の子が過ごした日々の記録ばかりだった。
2人は旅先の街を歩き、山頂で願いごとをし、海外の街角で抱き合ってキスまでしていた。
最新の投稿は、海辺で撮られた写真だった。
大勢の友人たちに冷やかされ、歓声を浴びながら、悠真はその子にキスをしていた。
添えられた言葉は【愛する人は、世界中に見せびらかしたい】だった。
指先が震えた。
私は黙って画面を閉じ、南の町へ向かう航空券を予約した。
7年続いた恋も、終わらせると決めるのはほんの一瞬だった。
* * *
私には、ひどく独占欲の強い彼氏がいた。
7年付き合ってきた江坂悠真(えさか ゆうま)が、口癖のように言っていた言葉がある。
「君がかわいすぎるから悪いんだ。誰かに取られたくない。だから、ほかの男には見せたくない」
「なっちゃんはきれいだから、誰だって惚れる。ほかの男が少し見るだけでも、俺は嫉妬するんだ」
だから悠真は、私を自分の友人たちに近づけようともしなかった。
けれどある日、私は別アカウントで彼のSNSを見つけてしまった。
3年分、600件を超える投稿。
そこにあったのは全部、彼と別の女の子が過ごした日々の記録ばかりだった。
2人は旅先の街を歩き、山頂で願いごとをし、海外の街角で抱き合ってキスまでしていた。
最新の投稿は、海辺で撮られた写真だった。
大勢の友人たちに冷やかされ、歓声を浴びながら、悠真はその子にキスをしていた。
添えられた言葉は【愛する人は、世界中に見せびらかしたい】だった。
指先が震えた。
私は黙って画面を閉じ、南の町へ向かう航空券を予約した。
7年続いた恋も、終わらせると決めるのはほんの一瞬だった。
……
航空券の予約完了メールが届いた瞬間、悠真からビデオ通話がかかってきた。
画面の中で、彼はホテルの大きな窓の前に立っていた。
彼は笑いながら、いつもの声で私を呼ぶ。
「なっちゃん、まだ起きてたの?」
あの600件を超える投稿を見た直後でなければ、私はきっと、その声だけで心が揺れていた。
すぐには答えられなかった。
悠真はいつものように、私をなだめるような甘い声で言った。
「寂しくなった?もう少し待ってて。こっちの仕事はもうすぐ終わるから、遅くても3日で帰る。お土産、買って帰るよ」
私はさりげなく聞いた。
「いま1人でいるの?」
彼の表情は少しも変わらなかった。むしろ、いっそう自然に笑ってみせる。
「もちろん、1人だよ。出張中は大人しくしてるって、約束しただろ」
そう言った直後だった。
画面の向こうで、女の子の笑い声がした。
悠真の笑顔が、一瞬だけこわばる。
彼はとっさにカメラを横へずらし、わざと面倒くさそうに言った。
「隣で同僚が会議しててさ。うるさいから、あとでかけ直す」
暗くなった画面を見つめたまま、指先の感覚がなくなっていった。
悠真は、自分の友人たちに私を会わせようとしなかった。
理由は、ほかの男に目をつけられるのが嫌だからだった。だから、彼の友人同士の集まりには行かなかった。
親しい友人の結婚式でさえ、彼はこう言った。
「なっちゃんがきれいすぎて、ほかのやつらに見せたくないんだ」
目の奥がじわりと熱くなる。
見なければいい。そう思うのに、指は止まらなかった。
私は彼のSNSをもう一度開き、あの写真をじっと見つめた。
写真の中での悠真は白いシャツを着て、海風に髪を乱されながら、彼女へ顔を寄せていた。
ようやく欲しかったものを手に入れた少年みたいに、幸せそうに笑っていた。
私とは7年も付き合っていたのに、彼は一度も、私との写真を投稿してくれなかった。
「なっちゃん、俺は、俺たちの生活を誰かに邪魔されたくないんだ」
「恋愛は2人のものだろ。わざわざ人に見せる必要なんてない」
「俺は独占欲が強いから、なっちゃんのよさを誰にも知られたくない」
昔の私は、その言葉を信じていた。
今ならわかる。
悠真は、愛を見せびらかせない人だったわけじゃない。
ただ、見せびらかしたい相手が私ではなかっただけだ。
投稿の下には、誰かのコメントがついていた。
【悠真、格好いい。付き合いはじめの頃からちゃんと公開してるもんな。もう3年だっけ?】
悠真はこう返信していた。
【彼女を曖昧な関係のままにしておきたくないから】
私はその一文を、ずっと見つめていた。
7年もそばにいたのに、彼は最後まで私を恋人として誰かに紹介してくれなかった。
私たちは一緒に暮らし、一緒に猫を飼い、一緒に笑ったり、泣いたりした。
それでも、彼のSNSに私はいない。
彼の友人たちも、私を知らない。
彼が世界中に見せたいほどの愛は、別の人に向けられていた。
私はまるで、彼がクローゼットにしまい込んだ古い服みたいだった。
きれいに畳まれ、静かに置かれたまま。表に出されることもなく、彼の都合でしまい込まれているだけの存在だった。
スマホがまた震えた。
悠真からのメッセージだった。
【なっちゃん、さっきは電波が悪くて】
【早く寝なよ。変な誤解しないで】
【なっちゃん大好きだよ】
私は返信しなかった。
私はクローゼットを開け、彼のシャツを一枚ずつかき分けた。
いちばん奥に、去年買った白いスカートが掛かっていた。
彼の誕生日に、私がそれをはいて、家で夕食を用意して待っていた日のものだ。
あの夜、彼は帰ってこなかった。急な残業だと言っていた。
けれどSNSには、その日、彼があの女の子とオペラ座でコンサートを聴いている写真が上がっていた。
添えられていた言葉は、こうだった。
【彼女の好きなものは、全部覚えてる】
私はスカートを出し、ゴミ箱へ放り込んだ。
それから、免許証、キャッシュカード、パソコン、数枚の着替えをまとめる。
7年も一緒にいたのに、持っていけるものは驚くほど少なかった。
持っていけないものは、もう欲しくもなかった。
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