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偽の弟を選んだ姉、20年後に泣きつく第2話

この話は約1675字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

僕は何も言わなかった。

ただ白衣を脱ぎ、丁寧に畳んで椅子の背もたれに掛け、机の上にある車のキーを手に取り、そのまま踵を返した。

雪乃は病院ロビー中央の柱のそばに立ち、サングラスをかけて腕を組んでいた。

明らかに、僕を待ち構えていたのだ。

段ボール箱を抱えて歩いてくる僕を見ると、彼女はサングラスを外し、口の端に意味深な笑みを浮かべる。

「平山先生、ずいぶんと早い退勤ね。昨日は私に堂々と歯向かっていたのに、今日は自分の職すら守れなくなったってわけ?」

彼女は少し身を寄せ、声を落とした。

「ふふ。今日からこの国では、どこの病院もあなたを雇わないわ」

彼女は僕を見つめ、怯えた顔や、許しを乞う姿を期待していた。

だが、僕はそんな素振りを見せることもなく、ただ静かに彼女を見返しただけだ。

彼女は眉をひそめた。この反応が気に入らなかったらしい。

「でも、最後の道を残しておいてあげる。

渋谷家へ来て、弟の専属医になりなさい。24時間、いつでも呼び出しに応じられるようにしてね。

弟を治せたら、一生安泰な暮らしを約束してあげる。どう?」

僕は思わず笑ってしまった。

「渋谷さん」

彼女がわずかに戸惑う。

「この世で金を持っているのは、渋谷家だけだとでも?」

それ以上は何も言わず、彼女の脇をすり抜けて病院を出た。

彼女は知らない。僕がこの病院の副院長で、市内有数の内科医というだけの存在ではないことを。

「国の名医」と呼ばれる最高峰の名医にして、西京市にある平山医療グループを率いる平山清男(ひらやま きよお)の唯一の養子でもあるのだ。

この公立病院へ来たのは、ただ腕を磨き、清男に課された試練をこなすためだった。

国内医療界の頂点に立つのは、他でもない平山家なのだ。

僕を医療界から締め出す?

滑稽な話だった。

夜、スマホを開くと、僕に関する話題が急上昇していた。

#凄腕専門医、患者を見殺しか

#市立第一病院・平山一希、収賄発覚の裏側

#医の倫理を忘れた冷血な悪魔

ネット上で拡散されていたのは、1本の動画だった。車椅子に座る智史は、憔悴しきった顔で終始胸を押さえている。

傍らの雪乃が僕に懇願する。「先生、お願いします……弟を助けてください」

そして画面が切り替わり、映るのは冷ややかな僕の姿。「……弟さんは診ません。カードを持って、出ていってください」

続けて、「内部関係者」を名乗るアカウントが暴露を投稿していた。

【私は市立第一病院の職員です。この平山という医者、実は裏で賄賂を受け取っていたんですよ。

渋谷家からの謝礼が足りなかったから診療を拒否したんです!院長がこの問題に気づいて、今朝すでに解雇済みです!】

コメント欄は、ほとんどが僕への罵倒で埋め尽くされていた。

【最低!こんな奴が医者を続けてていいの?】

【金の亡者ならまだしも、こいつ、人の心がないでしょ。徹底的に調べたほうがいい】

【業界から干されたって聞いた。自業自得じゃん。こんなクズ、消えて当然】

智史もSNSに投稿していた。添えられた画像は、点滴を打つ手首。皮膚は青白く透けている。

文章にはこうあった。

【俺に残された時間は、もうあまり長くないかもしれない。それでも、この世界にはまだ希望があるって信じたい。平山先生のことは恨んでない。ただ、俺の運が悪かっただけだ】

すると、大勢のユーザーが僕のアカウントに押し寄せ、ダイレクトメッセージには暴言が殺到した。顔写真を使った悪質なコラ画像まで作られ、家族のことまで罵倒され、僕は誹謗中傷の標的にされた。

僕は心の中で冷笑していた。

院長が雪乃から賄賂を受け取って僕を解雇したというのに、あの女は逆に僕を悪者に仕立て上げている。

同じ手口を、僕は前世で一度経験していた。

智史が発作を起こした時、彼女は僕のせいだと言い、動画を編集し、事実を捏造してネットに拡散し、僕の名誉を地に落としたのだ。

僕は雪乃に電話をかけた。数回のコールのあと、電話がつながった。

電話の向こうから、雪乃の見下すような声が聞こえてきた。

「あら、平山先生もとうとう音を上げたの?」

僕はその挑発を聞き流した。

「渋谷さん。弟さんの診察を引き受けます」

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