偽の弟を選んだ姉、20年後に泣きつく第3話
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電話の向こうが一瞬静まり返り、それからさらに高慢な笑い声が響いた。
「ハハハハ!だったら最初からそうすればよかったのに」
僕は雪乃の言葉を遮った。
「ただし条件があります。この診察の様子を、ネットで生配信させてもらいます」
電話の向こうの笑い声が、ぴたりと止んだ。
「……配信?」
彼女の声が冷たくなる。
「あなた、今やネット中の嫌われ者よ。わざわざもっと叩かれたいっていうの?」
僕は窓の外を眺めながら、ゆっくりと口角を上げた。
「何百万人もの前で、渋谷家に頭を下げて診療します。それこそ、君が望んでいたことじゃないですか。
それに、これはちょうどいい機会です。僕自身、公の場で名誉を挽回させてもらいます」
雪乃はしばらく黙っていた。やがて、楽しそうに鼻で笑う。
「あなたって、本当に扱いやすい犬ね。いいわ。そこまで恥をかきたいなら、好きにさせてあげる」
「ただし」
僕はそこで言葉を切った。
「配信のことは、智史さんには絶対に知らせないでください。彼は患者です。大勢に見られていると知れば、動揺して容体に影響が出るかもしれませんし、万が一のことがあっても、僕は責任を負えません」
雪乃は深く考えることもなく、あっさりと承諾した。
翌朝。
雪乃が指定した診察場所である、市民病院の最上階にある特別病棟へと向かった。
入口には、見覚えのあるふたりの姿があった。
50代前半くらいの男女が、ひとりずつ立っていた。
男は長身で、チャコールグレーのカシミアコートを身につけている。女はネイビーのトレンチコートを着て、上品な佇まいをしていた。
「あなたが、平山一希さん?」
渋谷奈美枝(しぶや なみえ)が、穏やかな口調で尋ねる。
僕は頷いた。
「ええ、そうです」
彼女は僕を上から下まで一瞥し、小さく頷いた。
「智史の母です。あなたのお噂はかねがね伺っています。
平山先生。智史は幼い頃から、私たちが手塩にかけて育てた子です。今日お呼びしたのは、私たちの誠意をお見せするためなんです」
彼女はバッグから名刺を取り出し、僕に差し出した。
けれど、僕は受け取らなかった。
それでも彼女は、特に気を悪くした様子もなかった。
「智史を治してくださるなら、名誉もお金も、すべてこちらで用意します。病院を解雇された件も、私の力でなかったことにしてみせます。
それに、渋谷グループが全国の医療業界に持つ人脈も、今後は好きなだけお使いください。これが、渋谷家の誠意です」
僕は彼女を一瞥した。残念ながら、彼女が挙げたものは、どれも僕には必要のないものばかりだ。
「奥様。僕は今日、診察をしに来ただけです。それは診てからの話にしましょう」
母の目に一瞬の動揺が走ったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
傍らの父、渋谷正輝(しぶや まさき)が、僕のその言葉を聞いて軽く咳払いをする。その眼差しは、母ほど穏やかではなかった。
「平山君、妻が言ったことは、あくまで妻個人の考えだ。俺はこう考えている。智史を治してくれるなら、渋谷家としても、君を悪いようにはしない」
彼はそこで一度言葉を切った。
「だが、今の君の評判はもう地に落ちている。今日の配信も、君自身が望んだことだ。これが君に残された最後のチャンスだと思え。
治せなければ、もう医者としてやっていくことはできないだろう」
僕はその場に立ったまま、まっすぐに彼の目を見つめ返した。
「そもそもですが、治るかどうかは、診てみないと分かりません」
そう言うと、彼の脇を通り抜け、扉を開けて病室へと入る。
父はわずかに眉をひそめ、何かを考えているようだった。
それから、母とともに後に続いて入ってきた。
ふたりは部屋に入ると、それ以上は何も言わず、静かに部屋の隅の椅子に腰を下ろした。
一方、雪乃はソファに座り、りんごの皮を剥いていた。彼女は僕にちらりと視線を向けたあと、エアコンの吹き出し口に目を向け、さらにベッドサイドの置物へと視線を走らせた。
どうやら、そのあたりにカメラを仕込んでいるらしい。
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