俺と息子を捨てた元妻の報い第1話
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元妻の初恋相手のための「生きた血液バンク」として血を抜かれ続けたあげく、俺・古賀雅彦(こが まさひこ)は、億万長者である元妻・林夕依(はやし ゆい)があてがってくれたボロアパートで病に倒れ、そのまま息を引き取った。
今日で、俺が死んでから3日目になる。6歳の息子・古賀陽斗(こが はると)が、ようやく異変に気づいた。
おもちゃで遊んでいて指を切っても、俺はあやさない。
クッキーの袋を開け、俺の口に押し込もうとしても、俺は止めない。
俺の腕の中に潜り込み、服をぎゅっとつかんで小さな声で「パパ」と呼んでも、返事をすることはない。
どうしていいかわからなくなった陽斗は、俺のスマホを見つけ出し、夕依に電話をかける。
「ママ、パパがずっと起きないんだ……」
だが夕依は、初恋相手の斉藤昂輝(さいとう こうき)と食卓を囲んでいる写真を送りつけてくると、冷たく言い放った。
「ただ寝てるだけよ。死んだわけじゃあるまいし。今日は大晦日よ。こっちは忙しいの。
あのろくでもない男に伝えておきなさい。自分の間違いを認める気になったら、そのときまた連絡してきなさいってね」
電話が一方的に切れ、陽斗はしばらくの間、呆然と立ち尽くしていた。
やがて、ゴミ箱に捨てられていた最後のクッキーを拾い上げる。それを半分に割ると、俺の口元へそっと差し出す。
「パパ、僕たちも、ごはん食べよう」
* * *
ベッドの上の俺は、相変わらず何の反応も示さないが、陽斗はもうそれに慣れてしまっていた。
クッキーを大切そうに枕元へ置くと、自分の分をむさぼるように口へ放り込む。
お腹をさすって、まだ足りないらしい。
すると陽斗は、俺のために残しておいた半分のクッキーへちらりと目を向ける。それから慣れた様子で台所へ向かい、コップに水道水をなみなみと注いで一気に飲み干した。
その光景を目の当たりにして、宙に浮かぶ俺の胸がずきりと痛んだ。
これが、少し食事が遅くなっただけで「お腹すいた」と騒いでいた、あの陽斗なのか。
俺がいなくなって、まだ3日しか経っていないのに、どうしてこんなに痩せ我慢する子になってしまったんだ。
スマホの画面が突然明るくなり、待ち受けの家族写真が浮かび上がる。
暖かな日差しが差し込む部屋で、まだ寝ぼけている俺と陽斗を、夕依が両腕で抱き寄せ、3人そろってカメラに向かって笑っている。
親子3人の顔には、同じような屈託のない笑みが浮かんでいる。
あの日、俺がまだ寝ていると、夕依は陽斗を連れて、足音を忍ばせながら寝室へ入ってきた。そして、声を潜めて話しかけた。
「陽斗、パパがまた朝寝坊してるよ。一緒に起こしちゃおっか?」
陽斗はこくりとうなずき、いたずらを思いついた子猫のように笑った。
「うん!」
夕依は得意げに眉を上げると、背中に隠していた羽根ペンを取り出し、そっと俺の鼻先へ近づけた。
鼻先をくすぐられ続け、とうとう俺は我慢できずにくしゃみをした。勢いよく起き上がり、腹を立てたふりをしながら枕をつかんだ。
「夕依!」
すると彼女は助けを求めるように、陽斗を自分の前に引き寄せる。
「陽斗、パパを止めて!」
朝から大騒ぎだった。
スマホの待ち受けに映る羽根ペンを見て、陽斗は何かを思い出したらしく目を輝かせた。
「ママ、前はこうやって寝坊したパパを起こしてたんだ……」
そう言うとスマホを置き、陽斗はばたばたとベッドのそばへ駆け寄る。
「陽斗、パパの起こし方、わかったよ。前のおうちに行って、あの羽根を持ってくるね」
自信満々にそう告げると、そのまま玄関へ向かっていく。俺は思わず固まった。慌てて床に置かれた靴を拾い、履かせてやろうと手を伸ばす。
しかし、俺の手は虚しく空を切り、何も掴むことはできない。
そうだった。俺は死んでいる。
陽斗を守ってやることすら、もうできない。
家を出た陽斗の後を、俺はついていく。向かった先は、夕依の実家だ。
今日は大晦日だ。街には年越しを祝う賑やかな空気が漂っている。
家族団らんの笑い声が家々から漏れ聞こえ、その賑わいが今の俺には妙に胸を締めつけた。
ひときわ大きな屋敷の庭で、夕依が、6歳ほどの女の子と一緒に雪合戦をしている。
夕依は楽しげに笑いながら、時折、優しい声で話しかける。
「ゆっくりね。転ばないように気をつけて」
少し離れた場所に立っている昂輝が、満ち足りたように笑いながら二人を見守っている。
絵に描いたような、幸せに満ちた家族だ。
門の隙間からその光景を覗き見た陽斗は、何度か瞬きをした。そして、少しだけ寂しそうに目を伏せる。
以前は、大晦日の夜になると、夕依もよく陽斗と一緒に雪遊びをしていた。
陽斗は手の甲で涙をぬぐうと、背伸びをしてインターホンを押した。
ほどなくして、誰かが門の向こうから姿を現す。だが、それは夕依ではなく、昂輝だ。
「どうしてお前がここにいる?」
陽斗を見た瞬間、昂輝の顔から笑みが消え、代わりに強い警戒心があらわになった。
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