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余生、さようなら第2話

この話は約1757字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

瑠衣が黙っていることに気づき、逸斗は顔を上げた。探るような彼女のまなざしとぶつかった瞬間、息を呑んだ。

前回の誕生日の件で、二人は大きく揉めた。離婚届は今も引き出しの中にある。

「瑠衣、本当に約束する。これからは、どんな日だって絶対に忘れない。ほら、陽太だって証人になれる」

「ママ、またパパと離婚しちゃうの?僕、ママのいない子になっちゃうよ」

――そうだ。彼は「ママのいない子」になる。なぜなら、彼の心の底では、最初から瑠衣についていくつもりなど、微塵もなかったから。

泣きそうに顔を歪める陽太を見て、瑠衣はそっとその頬に触れた。

「そんなことないよ、心配しないで。ママは少し体調が悪いだけ。だからあなたはパパと行って、ママの代わりにおじいさまにご挨拶してきてくれる?」

以前、瑠衣は白鳥家に好かれようと努めた。理由はただ一つ――逸斗のためだった。

今はその逸斗さえ、もう必要ない。

瑠衣が「離婚はしない」と繰り返し告げると、二人はやっと機嫌よく家を出ていった。

かつての瑠衣なら、必ず玄関先まで見送った。

だが今回は早々に階上へ戻り、寝室の窓を開けた。すると、庭から父子の会話がはっきりと聞こえてきた。

「パパ、なんでママを宴会に連れて行くの?おじいちゃん、ママ好きじゃないのに。朝海お姉さんでいいじゃん。パパだって朝海お姉さんが好きなんでしょう」

「そんなこと言うな。ママが傷つくだろう。パパはママと絶対に離婚なんてしない。白鳥家の若奥様は、お前のママだけだ」

逸斗の表情が曇る。彼に懐いている陽太でも、父のその顔は怖いのか、言葉を飲み込んだ。

別荘の門まで来たところで、逸斗はふと振り返った。半開きの窓が目に入り、そこへ向かって手を振る。

離婚騒ぎが始まってから、どこかおかしいと、逸斗はずっとそう感じている。

――瑠衣の性格からして、誕生日を数分遅れただけで激しく怒り、離婚まで口にするとは思えない。それなのに何ひとつ掴めない。

「パパ、何見てるの?」

陽太が階上を覗くように首を伸ばしたが、瑠衣はすでに窓を閉めていた。

「何でもない」

胸のざわめきを押し込み、逸斗は車に乗り込む。

高級車が砂塵を巻き上げて遠ざかっていくのを見送りながら、瑠衣の目は深く沈んだ。

――離婚はしない。なぜなら、三日後には、自分はこの世界から消えるのだから。

彼女はもとより、この異世界の人間ではない。

瑠衣は「攻略者」だった。五年前、異世界の最後の任務――男主人公である逸斗を救うこと――を果たした。

いつも冷静だった逸斗は、血の海に倒れた瑠衣を見て、様子も忘れるほど泣き崩れた。

三か月もの間、彼は眠らぬまま、反応のない彼女に付き添い、疲労で憔悴しきった。

皆が「もう諦めろ」と説く中で、逸斗だけはすべてを投げ出し、それでも瑠衣を手放さなかった。

日々語りかけていたのは、二人の過去の記憶だった。

彼が覚えていたのは、誰も気づかぬような、些細で、小さくて、それでも彼にとって宝物のような出来事ばかりだった。

彼ほど清廉で自制的な人間が、ここまで狂うほどに――瑠衣は初めて、異世界の人物に興味を覚えた。

そして、彼が手を握り締め、涙に濡れた声で言ったあの言葉を聞くまで。

「瑠衣……俺たち、子供ができたんだ。お願いだ、目を覚まして……この子を、一緒に迎えよう?」

突然の子供という現実が、瑠衣の最後の理性を押しつぶした。

彼女はシステムに聴覚を差し出し、一時的に眠らせ、この世界に残ることを選んだ。

目覚めたとき――

失ったものを取り戻した逸斗は、彼女を宝物のように扱い、子は「陽太」と名づけられ、聡明で可愛い子に育った。

聞こえなくなってからの生活に不安はあった。

だが逸斗はすぐに手話を覚え、白鳥グループは聴覚障害者や他の体の不自由な人を特別採用し、彼女の名で多くの特別支援学校に寄付さえした。

誰もが知っている。白鳥グループの社長は、世界一の愛妻家だと。

だが夢は脆く、良き日は長く続かない。

半年前から、逸斗は残業が増えた。問いただせば、「会社の転換期で疲れている」という答えばかり。

けど瑠衣の担当部署は忙しくなどなっていない。彼は「君の体を気遣ってのことだ」と言った。

もし、誕生日の日に届いた「あのメール」がなければ。逸斗の残業の内容が、そんなに醜いものだとは、瑠衣は死んでも知らなかっただろう。

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