余命一か月、娘のために元夫へ戻った第1話
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二人目を妊娠して7か月目。私――高梨澄花(たかなし すみか)は、夫の榊原圭吾(さかきばら けいご)が幼なじみの倉田芹香(くらた せりか)と、リビングのソファで裸のまま絡み合っているところを目撃した。
早産を経て、私は迷わず離婚した。
日当たりの悪い古いワンルームを借り、飲食店で皿を洗いながら、娘の花音(かのん)を3歳まで育てた。
末期の胃がんだと告げられた日、圭吾はまた家の前で待ち伏せし、戻ってきてほしいと懇願した。
「理玖が、ママに会いたいって泣いてる。これだけ頼んでるんだ。もう一度、俺と一緒に暮らしてくれ」
余命はあと1か月。そう医師に告げられていた私は、すぐに荷物をまとめ、圭吾のもとへ戻った。
私が死んだあとも、花音が生きていけるようにしておかなければならなかったから。
* * *
再婚の手続きを終え、私は再び榊原家の屋敷に移り住んだ。
今度こそ、圭吾が望んでいた妻になった。彼が何をしようと、口を挟まない妻に。
芹香から電話がかかってきても、聞こえないふりをして席を外し、二人きりで話せるようにした。
息子の理玖(りく)がピアノの練習をさぼって遊びに出ても、見て見ぬふりをした。
外で喧嘩をして服を破り、顔じゅうにあざを作って帰ってきたときも、自分で洗ってくるよう静かに言っただけだった。
圭吾は焦った様子で、私のあとを追ってきた。
「あれ以来、芹香とはほとんど口もきいてない。本当にもう終わってる。さっきの電話だって、母さんが午後に作ったシチューを、あいつが代わりに届けるって話だった。ちゃんと断った。LINEも削除した。まだ信じられないなら、見ればいい」
圭吾は無理やりスマホを押しつけてきた。
「大丈夫。信じてる。私のことは気にせず、好きにして。ただ、花音のことだけは気にかけてあげて」
感情を込めずに答えると、圭吾は一瞬、言葉を失った。
「好きにしろって……お前がそんな態度で、俺が楽しく暮らせると思うのか?戻ってきてからずっと冷たいままだ。これで楽しく暮らせるわけないだろ」
「私は前からこうだったじゃない。考えすぎよ」
その瞬間、圭吾は癇癪を起こしたように、いきなりスマホを床へ叩きつけた。
「3年だぞ。やっと戻ってきたのに、まだ俺を苦しめるつもりか?」
私が答えずにいると、理玖も破れた袖をつまみながら近づいてきた。
「ママ、僕、翔太に殴られたんだよ。翔太のお母さんたちに文句を言いに行かないの?
もう前みたいに芹香お姉さんにばっかり甘えたりしないから。だから、そんなふうにしないでよ」
……
私はただ、淡々と言った。
「お風呂に入ってきなさい」
圭吾が勢いよくソファから立ち上がった。
「いったい、いつまでこんな真似を続けるんだ?」
こんな真似?
以前、私が泣いて怒れば、父子そろって私を頭のおかしい女だと言った。
何も言わなくなったら、今度はそれが気に入らないらしい。
「何もしてないわ。みんな、好きに楽しく暮らせばいいでしょう?」
「そうかよ。分かった。もういい!」
圭吾はすっかり力が抜けたように肩を落とし、寝室へ戻っていった。
圭吾は以前から、芹香はかわいそうな女なんだと繰り返していた。
「男を見る目がなくて、結婚してすぐ離婚した。今は女手一つで娘を育ててるんだ。子どもの頃から一緒だったから、泣いてるところを見ると放っておけない」
翌朝、私は芹香に連絡した。
いずれ彼女がこの家の妻になるのなら、花音のことを大切にしてもらわなければならない。
二人の仲を取り持ってから、娘を託すつもりだった。
「あなたから連絡してくるなんて、驚いた」
芹香は警戒していたが、圭吾に会えると分かると、すぐにやって来た。
私は彼女の手を取り、諭すように言った。
「今までは私が悪かった。あなたと圭吾が思い合っているなら、邪魔なんてするべきじゃなかったのよ」
芹香は目を丸くした。
「花音は素直で手のかからない子よ。あの子に優しくしてくれれば、それでいいから……」
ちょうどそのとき、圭吾が理玖を連れて帰ってきた。
ドアを開け、芹香の姿を見た途端、圭吾は表情をこわばらせ、慌てて弁解した。
「澄花、信じてくれ。俺が呼んだんじゃない。本当に、もう連絡は取ってない」
よそよそしい口調を向けられた芹香は、傷ついたような顔をした。
「圭吾さん、澄花さんに呼ばれて来たの」
私は芹香の手の甲を軽くたたいた。
「そう。私が呼んだのよ」
圭吾は芹香の腕をつかんで立たせると、そのまま玄関の外へ押し出した。
「悪いけど、タクシーで帰ってくれ」
ドアを閉めた圭吾は深く息を吸い、険しい顔で私の前に立った。
「どういうつもりだ?澄花、いつまで俺を試す気だ?どうして、そこまで俺を苦しめたいんだよ」
また「苦しめる」なのか。
以前は会わせないことが彼を苦しめ、今は仲を取り持つことが彼を苦しめるらしい。
私は何も分からないふりをして、平然と答えた。
「考えすぎよ。あなたも、お義母さんも、理玖も、芹香が好きなんでしょう?前から彼女と一緒に暮らしたがっていたじゃない。あの頃は、私が聞き分けのないことを言って邪魔をした。もっとみんなの気持ちを考えるべきだったわ」
私は用意しておいた避妊具の箱を、圭吾の手に押し込んだ。
「準備しておいたから。彼女を悲しませないで。早く追いかけてあげて」
圭吾は箱をテーブルに叩きつけ、私の肩をつかんだ。
「澄花、何度説明すれば分かる?お前が出ていって、俺はようやく自分の間違いに気づいた。どうして過去を終わらせてくれないんだ?もう前を向こう。いつまでも昔のことに縛られるのはやめてくれ」
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