余命を偽った私と、愛を忘れられなかったあなた第3話
この話は約2008字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
キッチンでの物音は、すぐさま外にいた陽一の耳に届いた。
ドアを押し開けた陽一の目に飛び込んできたのは、床に倒れて火傷で脚を赤く腫らした加莉奈と、その傍らで青ざめて立ち尽くす優璃の姿だった。
陽一の顔がたちまち険しくなる。大股で歩み寄ると、加莉奈を抱き起こした。
「どうした!」
加莉奈は目尻を赤くし、うるんだ瞳で陽一を見上げた。
「陽一、さっきあなたのところの使用人が、あなたの物を盗んでたのよ。止めようとしたら、その人が……」
言葉は語尾を濁して消えたが、何が言いたいかは明らかだった。
優璃が弁解しようとした矢先、陽一に突き飛ばされ、床へ倒れ込んだ。
割れた器の破片の上に手を突いてしまい、血がどっとあふれ出した。頭も戸棚の角に強く打ちつけている。
「羽村優璃、お前はそんなに金が好きなのか!昔は金のために俺を捨てて、今度は盗みまで働くというのか!」
骨まで凍りつくほど冷たい声。その目には、嫌悪の色しかない。
優璃は喉が詰まり、長いあいだひと言も絞り出せなかった。
陽一は加莉奈を抱き上げ、振り返りもせずキッチンを出ていく。
優璃は床に丸まり、声もなく涙をこぼした。
昔の陽一なら、人混みの中でもひと目で自分を見つけ出してくれた。ほんの小さな怪我でも大慌てで心配してくれたのだ。
けれど今、陽一の目に映っているのは、あの加莉奈だけだ。
でも、それでいい……そのほうが自分が死ぬとき、陽一はそれほど悲しまずに済むから。
味をしめたのか、それからの数日、加莉奈は長谷部家の屋敷に居座り、ひっきりなしに優璃をこき使うようになった。
お茶を運ばせ、水を持ってこさせる。挙げ句には下着まで洗わせる。
加莉奈が陽一の心の中でどんな存在か、優璃は痛いほど分かっていた。だからただ耐えるしかなかった。
その日、加莉奈は新しい楽しみを思いついたらしく、優璃を無理やりショッピングモールへ連れ出し、下着を選ばせた。
「仕方ないのよー。最近、陽一が激しくて。下着を何着も破られちゃったんだから……」
優璃は胸を刃でえぐられる思いで、それでもじっと耐え、何でもないふりをした。
加莉奈は何着か選んで試着室に入った。優璃がカーテンを閉めようとしたとき、ふいに手首を強くつかまれた。
「どこへ行くのよ。さっきからこの下着ばっかり見ていたじゃない」
加莉奈は冷たく笑った。
「そんなに着てみたいなら、チャンスをあげるわ」
反射的に断ろうとしたが、加莉奈はもう優璃の服を引っ張り始めていた。
「着ないなら人を呼んで、無理やり脱がせるわよ!」
どうすることもできず、優璃は下着に着替えるしかなかった。ところが次の瞬間、カーテンが勢いよく開け放たれる。
店じゅうの視線が一斉に優璃に注がれた。
胸がずしりと沈み、優璃は慌てて上着をつかんで体を隠そうとする。
しかし加莉奈は腕をぐいとつかみ、下着姿の優璃を無理やり通路へ引きずり出した。
「隠してどうすんの?こんなにいいスタイルなんだから、みんなに見てもらわなきゃ!」
優璃は必死にもがいたが、どうしても振りほどけない。
ドンッ。
床に突き飛ばされ、周りの通行人が次々と集まってきた。
男たちの卑猥な視線が、這い回る虫のように体にまとわりつく。吐き気がするほどおぞましいものだった。
「やめて……見ちゃだめ……っ!」
必死に体を隠し、優璃は震える声で訴える。
けれど周りの人々はいっそう調子に乗って、彼女の体をあれこれ品定めし始めた。
「そんな格好で身売りにでも来たのか?」
「うわ。そんな痩せこけた体でよく人前に出られるな」
「まあ、売る気があるならどうせ安いんだろ?」
加莉奈は口の端を持ち上げ、ふわりと軽い声で言った。
「ええ、もちろん。百円払えば、好きなだけ触っていいわよ」
その言葉を合図に、男たちが一斉に優璃を取り囲んだ。
優璃は必死に声を上げたが、周囲のざわめきにかき消されてしまう。逃れようとしても腕を掴まれ、身動きが取れない。
何人もの男に囲まれたまま、優璃はただ必死に抵抗するしかなかった。
そのとき、鋭い怒声が響いた。
「お前たち、何をしている!」
人々はぴたりと静まり返り、道を開ける。
通路の突き当たりに陽一が立っていた。目の前の光景が信じられないというように、その場に立ち尽くしている。
陽一の姿を認めると、加莉奈は悪意に満ちた目つきを引っ込め、慌てて駆け寄った。
「陽一!あなたのところの使用人、本当にお金に困ってるみたいよ。親切で下着を買ってあげたのに、それを着たまま試着室から飛び出してきて、お金さえ払えば誰でも触っていいって言うのよ」
それを聞いた陽一のこめかみに青筋が浮かんだ。怒りの中に苦痛が入り混じったような冷たい光が目の奥に閃く。
その眼差しは鋭い刃となって優璃の心臓を深々と突き刺し、優璃は息もできないほどの痛みに襲われた。
陽一は目の前の優璃を見据え、自分の上着を優璃の体に投げつけた。歯を食いしばるようにして一語ずつ吐き出す。
「……お前は、どこまで、安いんだ!」
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