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余命を偽った私と、愛を忘れられなかったあなた第2話

この話は約2227字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

それから数日、陽一は一度も屋敷に帰ってこなかった。

けれどそのことに優璃はほっと胸を撫で下ろしていた。

癌と診断されてからというもの、優璃は毎日病魔と闘い続けている。これまでどれだけ薬を飲み、何度化学療法を受けても病状は良くならず、緩和ケアに切り替えた今も、毎日のように血を吐き、髪はごっそりと抜け落ちていった。

体は無数の槌で打ちつけられているようで、骨が少しずつ砕けていくような痛みが走る。どれだけ睡眠薬を飲んでも眠りは訪れなかった。

その夜も、また激しい痛みに襲われた。優璃はふらつきながら蛇口をひねり、洗面台に残った血を水で流した。

勢いよく流れる水の音に紛れても、苦しそうな息遣いだけは隠しきれなかった。

蛇口を閉め、重い足を引きずるようにして、一歩ずつ寝室へ向かう。

そのとき、リビングのテレビが速報ニュースに切り替わった。

「……長谷部グループ社長の長谷部陽一氏と、夏井家のご令嬢、夏井加莉奈(なつい かりな)が婚約を発表しました。お二人は来月、結婚式を挙げる予定です……」

優璃の足がぴたりと止まった。思わずテレビのほうへ顔を向ける。

画面の中で陽一は仕立てのいい黒いスーツに身を包み、その隣には明るい笑顔の加莉奈が寄り添っている。

優璃の目が大きく見開いた。そして心臓まで、鷲掴みにされたようだった。

画面の向こうでは、記者が遠慮なく質問を投げかけていた。

「長谷部社長はこれまで、女性関係の噂が絶えませんでしたよね。それなのに、なぜ突然、夏井さんとの婚約を決めたんですか?」

普段は冷たい印象の陽一も、その時ばかりは少しだけ表情を和らげた。

「昔、事故で腎臓を損傷して倒れたことがあるんです。その時、腎臓を提供してくれて、命を救ってくれた人がいました。

ずっとその人を探していました。見つけたら、どんな望みでも叶えて、恩を返したいと思っていたんです。

それが加莉奈だったと知ったのは、つい最近です」

優璃は息を呑んだ。胸元をきつく握りしめる。そうすれば引き裂かれるようなこの痛みが少しは和らぐとでもいうように。

違う……そうじゃない……

あの頃、陽一の父に迫られて、陽一と別れた優璃は、海外へ渡った。ところが陽一は諦めきれずに追いかけてきて、そのうえ事故に遭い、腎臓が破裂してしまったのだ。

知らせを聞いて慌てて戻り、名前を伏せて陽一に腎臓を提供した。それなのに今、自分が腎臓を提供したという事実を、加莉奈に横取りされている。

本当のことを伝えたい。けれど喉に何かが詰まったように声は少しも出てこなかった。

優璃にはもう残された時間がほとんどない。たとえ打ち明けたところで何が変わるというのだろう。

ただ陽一の苦しみを増やすだけだ。

そのとき、玄関の扉が突然開いた。

つい先ほどニュースに映っていた二人が、前触れもなく優璃の目の前に現れたのだ。

加莉奈は優璃の姿を見るなり悲鳴を上げて陽一の胸に飛び込んだ。

「きゃあっ!お化け!」

今の優璃の顔は紙のように白く、痩せ細った体は風に吹かれただけで倒れてしまいそうだった。蛍光灯の白い明かりの下では、骨格まで浮き出て見えそうなほど痩せていた。

陽一は眉をひそめ、冷たい視線で優璃をさっと一瞥した。それから加莉奈の背を優しく叩く。

「怖がらなくていい。あれはお化けじゃない」

加莉奈は陽一の胸から顔を上げ、おずおずと尋ねた。

「……じゃあ、誰?」

陽一は淡々と答えた。

「ただの使用人だ」

優璃の胸がずしりと沈んだ。無意識のうちに指が掌に食い込む。

そうだ。陽一は力ずくで自分を連れ戻し、触れもせず立場も与えず、ただ毎日他の女と寝るところを見せつけた。その後始末までさせた。それなら自分は使用人と何が違うだろう。

加莉奈は意味ありげに優璃を見やると、鼻で笑った。

「使用人なんでしょ?だったら、さっさとご飯の支度でもしてきたら?」

優璃は俯き、黙ってキッチンへ向かった。

その背中を陽一の視線がずっと追っていた。瞳の色は深く、何を思っているのかは読み取れない。

キッチンで、優璃は震える腕で必死に鍋を持ち上げ、中の味噌汁を器に注いだ。

指が震えて取っ手をほとんど握っていられない。額にはうっすらと冷や汗がにじんでいた。

そのとき、キッチンのドアが開いた。

加莉奈が入ってきた。背筋がぞっとするほど優しい声で言う。

「手伝ってあげるわ」

優璃は慌ててその手を避け、低い声で答えた。

「いえ、結構です、夏井さん。キッチンは油煙がひどいので、どうぞ外でお待ちください」

けれど加莉奈は出ていくどころか優璃に数歩近づいた。

「本当はね、あんたのこと知っているのよ。羽村優璃。昔、陽一がずっと想い続けていた初恋の人でしょう?

ま、あんたも本当に不思議な人ね。あの頃、陽一が一文無しになったからって、見限って出ていったくせに、こっそり戻ってきて腎臓を提供するなんて。

私があんたの手柄を横取りしたって分かっているのに、さっきも暴こうとしなかった。ねえ、一体どんな秘密があるの?」

優璃はその問いには答えず、淡々と言った。

「夏井さん、お食事はもうすぐできますので、どうかお戻りください」

そう言ってキッチンの外へ促そうとした。ところが、すでにドアのところまで歩み寄っていた加莉奈が、ふいに振り返った。

次の瞬間、その手がアイランドカウンターの上に置かれた味噌汁の器を払いのけた。

ガシャン!

器は床に落ちて砕け、破片が飛び散る。熱々の味噌汁が加莉奈の脚に跳ねた。

「きゃあっ!」

悲鳴を上げて加莉奈はその場にへたり込んだ。

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