交際6年、最初から私が「浮気相手」だったなんて第3話
この話は約1704字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
夜、颯哉は私の泊まるホテルへやって来た。
彼の顔を見た瞬間、涙がこみ上げた。
「どうして、私を騙してたの?」
彼がもっと早く打ち明けてくれていたら、私はここまで必死に家を買おうとする必要もなかったし、母に「彼氏を連れて帰る」なんて約束もしなかったはずなのに。
颯哉が一枚の銀行カードを差し出した。
「朝、このカードに4000万円入ってる。暗証番号は君の誕生日だ。せめてもの償いだと思って受け取ってくれ。
俺と陽菜は……家同士が決めた政略結婚なんだ。いろいろ、俺にもどうにもできないことが多くて」
以前は貧乏なふりを続けるため、振込は2万円を超えないようにしていたくせに、今になって4000万円をぽんと差し出してきた。
見慣れたはずのその顔を見つめながら、この10年分の想いが、この瞬間、跡形もなく砕け散っていくのを感じた。
颯哉の目に、一瞬哀れみのようなものがよぎった。
「君さえ良ければ、これまで通り、俺のそばにいてもいいんだぞ。
何もなかったことにして、今までどおりでいよう。陽菜にさえ知られなければ、それでいい。」
答える代わりに、私は彼の頬を思い切り引っぱたいた。
颯哉は、叩かれて痺れた頬を舌先で押しながら、暗い目つきで言った。
「今回の件、俺のやり方がまずかったのは認める。でも本当に、朝のことを大事に思ってたんだ。
この何年か、俺は君に対して冷たくしたことがあったか?
君のお母さんの治療費だって俺が出したし、帝都の家賃だって俺が手当てしてた。昇進した時のあのプロジェクトだって、俺が人に頼んで話をつけたんだ。
俺のそばにいてくれるなら、月に400万渡すことだってできる。俺名義の豪邸だって、好きなのを選んでいい」
自分の努力だけで手に入れたと思っていたものは、まさかすべて裏で彼の手が回っていたのか。
口では私が大事だと言いながら、結局、私に人の家庭を壊す不倫相手になってほしいんだ。
颯哉を追い出したその夜、私は荷物をまとめて海市を発つことにした。
保安検査を通ろうとしたその時、正面から水を浴びせられた。
「あんたが義兄を誘惑した不倫女?いい歳して恥知らずね!」
ずぶ濡れのまま、空港のロビーに立ち尽くす私に、周囲の視線が針のように突き刺さった。
気まずそうな顔で立っている玲子を見つめ、私は聞いた。
「玲子も、私が不倫相手だと思ってるの?」
親友の玲子は目を閉じた。
「朝、いくら仲がいいからって、あなたの肩を持つわけにはいかない。あなたは……不倫相手であることは確かなんだから。
陽菜は何も悪くない、人の家庭を壊すようなことしちゃダメでしょ」
人だかりがざわつき出し、誰かが動画をネットに上げた。
コメント欄は罵声で埋め尽くされ、私の名前も出身校も勤め先も、すべて特定されてトップに晒された。
スマホが熱くなるほど震え続けた。見知らぬ番号からの罵倒メッセージが、次々に届いていた。
そして、会社の人事部から電話があった。
「春日井さん、しばらく出社しなくて結構です。今後については、改めて連絡します。」
続いて、母の介護を担当している介護士からも電話がかかってきた。
「春日井さん、あの医療チーム、撤退するつもりみたいです。あなたが怒らせてはいけない相手を敵に回したからって、そう言ってました」
頭の中が真っ白になり、震える手で颯哉に電話をかけた。
「どうして、私にこんな仕打ちをするの?」
電話の向こうからは、言い争う声が聞こえてきた。彼は電話越しに低く唸った。
「君が俺を追い詰めたんだろ。陽菜がもう君の存在に気づいてる。前に警告したはずだ!」
電話が切れた。
ネット上に次々と書き込まれる罵倒を読みながら、私にできることは、颯哉との付き合いの記録や日常を整理して投稿し、自分が浮気相手ではないと証明することだけだった。
だが、その投稿もすぐに通報され、アカウントごと凍結された。
絶対的な権力の前では、自分がどれだけあがいても滑稽でしかないのだと、その時初めて思い知った。
颯哉から、また電話がかかってきた。
「ライブ配信で陽菜に謝れば、彼女が許してあげるから。俺たちも、また続けられる。
約束した条件は変わらない。朝、君は賢い人だろ。何を選ぶべきか、分かってるはずだ」
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