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二重の裏切りの果てに第2話

この話は約1710字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「紗耶に傷をつけさせるわけにはいかない」

彼は、そう言った。

そして、ネット上にはすぐに陰謀論が飛び交った。

【母親の死を利用して同情を買い、注目を集めて金儲けしている】

【ネット上の孝行娘を演じてるだけ】

【異母妹への嫉妬で婚約者に捨てられた女】

そんな誹謗中傷が私の喉元に突きつけられ、息をするのも苦しくなった。

精神は崩壊寸前で、重度のうつ病と診断された。

それでも——

私は、母のために真実を求めることを、決して諦めなかった。

二十三年間、私を守り、支え、育ててくれた母を、私はどうして簡単に見殺しにできるだろう。

そんなときだった。

祈矢が、私に猛烈なアプローチを始めたのは。

優しくて、繊細で、どこまでも私を気遣ってくれて——

私は、彼の愛を救いだと信じた。

プロポーズを受け入れ、彼と結婚した。

そして、裁判の結果——

紗耶は無罪となった。

私は過去を手放す努力をし、心を癒そうとした。

祈矢との子どもを望み、ふたりの家庭を築こうとした。

幸せを信じたかった。

けれど。

彼の「愛」は、すべて紗耶への執着の裏返しだった。

私の目の前に、傘をさした祈矢が立っていた。

いつからそこにいたのか、わからない。

私の姿を見るなり、彼の険しかった眉間が少し緩み、目に一瞬、哀しみの色が走った。

「黙って出て行かないでくれよ。すごく心配したんだ。

最近、寒くなってきたし、年末で仕事も立て込んでる。君が風邪でもひいたら、俺、ちゃんと看病できるかな」

祈矢が私のスマホに位置情報アプリを仕込んでいたのは、知っている。

「うつが再発したら怖いから、いつでも君を守れるようにしたい」

そう言っていた。

私は、その言葉を信じていた。

でも今なら、わかる。

彼はきっと、私が紗耶に何かしないか、監視していたのだ。

私は瞬きをした。

もう涙は枯れ果てていて、ただ空から舞い降りる雪を、じっと見上げていた。

「初雪の日に願いごとをすると叶うって聞いて、来ただけだよ」

そう呟いた。

最初の願い。祈矢と無事に離婚できますように。

次の願い。離婚したあとは、二度と祈矢と会いませんように。

最後の願い。

……お母さん、私を、どうか……恨まないで。

殺人犯をかばった人を、愛してしまった私を。

その人の子どもを望んだ、私を。

祈矢は、自分のコートを私の肩にかけ、優しく鼻をつついた。

「もっと着込まないと。手、こんなに冷えて……

ねぇ、さっき何を願ったの?」

私は彼の「優しさ」を無表情で見つめた。

その芝居に、もう心は動かなかった。

「私たちのことと……母のこと」

そうだけ答えた。

祈矢の顔が一瞬、強ばる。

そして、私をじっと見つめ、静かに言った——

「紗耶は君の異母妹だ。たとえ骨を断っても、血は繋がってる。母さんが亡くなったとき、紗耶もずっと泣いてた。

もう三年も経ったんだし、そろそろ——」

「わかってるよ。もう騒がない」

私は遮るように言った。

訴訟は終わった。

紗耶は無罪だった。

私は控訴しなかった。

今さら示談書を撤回したところで、何も変わらない。

祈矢の肩がほっと緩む。

口元には安堵の笑みが浮かんでいた。

「本当にありがとう。君が乗り越えてくれてよかった。

新しい年に向けて、ふたりでやり直そう。きっと幸せになれるよ」

私は何も答えなかった。

ただ静かに、その言葉を聞き流していた。

祈矢に連れられて帰宅すると、諒の姿はもうなかった。

祈矢は「書斎で仕事をする」とだけ言い、部屋にこもった。

私はソファに座ったまま、動けなかった。

心の中では、感情が波のように押し寄せていた。

そして——

私は立ち上がり、離婚届を印刷した。

迷いはなかった。

署名を終え、そのまま書斎へ向かった。

けれど——

ドアは半開きで、中に祈矢の姿はなかった。

初めて入った書斎。

整然としていて、清潔で、何もかもが整っていた。

机の上には、一枚の写真があった。

紗耶の笑顔。

その足元、床に散らばるメモ用紙には、何度も何度も書かれていた。

綾瀬紗耶の名前。

縦にも横にも繰り返されたその字たちは、まるで、少年が初めて恋を知ったときのような、まっすぐな愛の証だった。

私は、もうすべてを受け入れたと思っていた。

けれど、そんなはずはなかった。

心臓が、誰かに強く握りつぶされているように痛んだ。

息ができないほどに。

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