二重の裏切りの果てに第1話
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ダイニングの空気が一変したのは、夫の友人が突如イタリア語で口を開いた瞬間だった——
「三年前、お前は紗耶のために、澪に示談書を書かせようとして、あえて結婚まで利用したんじゃないのか?
ここ数年、澪はお前にどんどん心を傾けていたのに、お前はまだ彼女を欺いてる。避妊薬を抗うつ剤だと偽ってまで……その真実を澪が知ったら、壊れてしまうとは思わなかったのか?」
夫は沈んだ表情で苦く笑い、「父親に望まれない子どもなんて、生まれてこなくていい。澪のことも……紗耶の幸せを邪魔しなければ、俺は彼女に一生、責任を果たすつもりだ」と答えた。
誰も知らなかった。
私は、彼に少しでも近づきたくて、すでにイタリア語を習得していたことを。
リビングに立ち尽くしたまま、私は首元に残る新しいキスマークを指先で隠しながら、抗うつ剤とされた薬の瓶を握っていた。
体の芯まで冷えきっていた。
そうか……彼の優しさも、眼差しも、全部嘘だったんだ。
私が信じていた救いなんて、最初から綿密に仕組まれた罠だった。
ならば、もういい。
私は、彼ら全員の幸せを、心から「祝福」してあげることにする。
* * *
ダイニングの空気が一変したのは、夫の友人が突如イタリア語で口を開いた瞬間だった——
「三年前、お前は紗耶のために、澪に示談書を書かせようとして、あえて結婚まで利用したんじゃないのか?
ここ数年、澪はお前にどんどん心を傾けていたのに、お前はまだ彼女を欺いてる。避妊薬を抗うつ剤だと偽ってまで……その真実を澪が知ったら、壊れてしまうとは思わなかったのか?」
夫・神原祈矢(かんばらきや)は沈んだ表情で苦く笑い、「父親に望まれない子どもなんて、生まれてこなくていい。澪のことも……紗耶の幸せを邪魔しなければ、俺は彼女に一生、責任を果たすつもりだ」と答えた。
誰も知らなかった。
私は、彼に少しでも近づきたくて、すでにイタリア語を習得していたことを。
リビングに立ち尽くしたまま、私は首元に残る新しいキスマークを指先で隠しながら、抗うつ剤とされた薬の瓶を握っていた。
体の芯まで冷えきっていた。
そうか……彼の優しさも、眼差しも、全部嘘だったんだ。
私が信じていた救いなんて、最初から綿密に仕組まれた罠だった。
ならば、もういい。
私は、彼ら全員の幸せを、心から「祝福」してあげることにしよう。
迷いなく、私は手にした薬をそのまま口に運び、苦味に顔をしかめた。
今までで一番、苦く感じた。
ダイニングではまだ会話が続いていた。
夫の友人・五十嵐諒((いがらしりょう)が言いにくそうに口を開いた——
「妊娠のことは置いといて……三年前、紗耶が川に飛び込んだ時、澪の母親が助けに入って命を落としたろ?でも、紗耶は水中でもがいてただけじゃない。動画を見たら誰だって、彼女がわざと澪の母親を沈めたと思う。澪が彼女を訴えたのも当然だよ」
「でもお前は、紗耶が収監されないように、わざわざ澪の後見人になって、本人に隠れて示談書を出した。おかげで紗耶は無傷、でも澪は重度のうつ病になったんだ。毎日、自分を責め続けて……いつか真実を知ったら、本当に壊れちまうぞ」
祈矢は不機嫌そうに眉をしかめながらも、低い声で毅然と言った——
「紗耶に悪気はなかった。あのとき溺れていて、無意識のうちにやったことだ。澪の母さんが犠牲になったことは紗耶も深く後悔してる。
示談書は俺が完璧に隠してある。澪が真実を知ることはない。これからも彼女を大切にする。家族として、一生をかけて償っていくつもりだ。きっと彼女も、いつか痛みを忘れて、幸せになってくれる」
諒は深くため息をついた。
「怒らないでくれ。俺はただ、澪が気の毒で仕方ないんだ。あの子が一番辛いときにお前が現れて、少しずつ心を開いて……でも、お前が愛してるのはずっと紗耶だけだった。それだけさ。
まあ、嘘を貫き通す覚悟があるなら、そうしてくれ。後悔しないことを願うよ」
祈矢はグラスを持ち上げ、一言ずつ噛み締めるように言った——
「俺は後悔しない」
その言葉で、もう限界だった。
私は立ち上がり、この救いだと信じてきた家から、逃げるように飛び出した。
明日は大晦日。
街には祝いの雰囲気があふれ、幸せそうな笑顔で満ちていた。
朝になるまで、祈矢は私を離さず、愛を囁きながら何度も身体を重ねた。
酔うほどに甘く、夢のような時間だった。
でも今では、そのすべてが、私の心を切り裂く刃となって突き刺さってくる。
一つ一つが深く、鮮血が止まらない。
私は公園のベンチに崩れ落ち、堪えていた涙が堰を切ったようにあふれ出した。
そして——
封じ込めていた記憶までが、愛の崩壊とともに一気に押し寄せてきた。
早瀬悠輝(はやせゆうき)と婚約したあの日。
綾瀬紗耶(あやせさや)は受け入れられず、遺書を残して川に身を投げた。
彼女は水泳が得意だった。しかも……私の父の隠し子。
それでも母は、自ら川に飛び込んで彼女を助けようとした。
多くの人がその瞬間を撮影していた。
私は映像の中で、母が紗耶を水面へ押し上げようとする姿を見た。
なのに紗耶は、母の肩を手で押さえ、頭を足で踏みつけ、水中へと強く蹴りつけた。
そのまま——
母は水底に沈んでいった。
現場に駆けつけた私に、紗耶は涙を流して訴えた——
「一瞬の気の迷いだったの……お姉ちゃん、お願い、責めないで……お母さんが私を助けてくれたのは、私に生きてほしいと思ったから……そうでしょう?」
私は崩れ落ち、問い詰めた。
「泳げるくせに、なぜ母を水に沈めたの?」
でも彼女は、ただ泣くだけで「故意じゃない」と繰り返すだけだった。
私は彼女を故意の殺人未遂で訴えた。
なのに、悠輝は突然私との婚約を破棄し、彼女と婚姻届を出したのだった。
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