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九十九通の離婚届第3話

この話は約1511字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

彼を取り合う気もなく、感情を抑えた声で言った。

「悪いけど、私は母親なんて無理。恵さんにやってもらって」

本心で言ったのに、宥一は怒りを引っ込めた。

こちらをちらりと見やってから、冷えきった海鮮おじやの容器を取り出し、テーブルに置く。

「子どもの前でバカなことを言うな。これは俺が作った雑炊だ。わざわざお前に持ってきてやったんだ」

コップに水を注ぐ手が止まり、思わず苦笑がこぼれる。胸の奥がギュッと締めつけられた。

昨夜、恵のインスタを見ていた。

エプロン姿でキッチンに立ち、鍋でおじやをかき回している後ろ姿。

【みんなは痩せてるのが好きだけど、あなただけが私にちゃんと食べなさいって言ってくれる】

照明は暗いのに、あれが宥一だとすぐわかった。

左手の薬指には、まだ私たちの結婚指輪が光っていたからだ。

でも今、その指は何もついていない。

私の視線に気づいたのか、宥一も無意識に空っぽの薬指を見下ろす。

そしてバツが悪そうに表情を歪めて言った。「指輪は恵に貸してる。ちょっと借りて遊びたいって言うから」

なるほど、結婚指輪って貸して遊ぶものなんだ。

私は、悲しさを隠すように笑った。

私の笑顔に触発されたのか、宥一は急に声を荒らげた。

「ただの指輪だろうが。大袈裟にするな。さっさとこのおじやを食べろ。

いいか、素直に言うことを聞け。

それとも、また離婚届が欲しいのか?」

声を潜めて脅すような口調で言いながら、その瞳は自信に満ち溢れていた。

彼はまだ知らない。私がもうサインを済ませたことを。

私はおじやに目を落とした。

一晩放置されて米粒はドロドロに溶けて、あちこちにエビの殻と魚の小骨が浮いている。

「悪いけど、私、海鮮アレルギーなの」

宥一は呆気にとられ、気まずさが顔に浮かぶ。

息子は、構ってもらえなかったことをまだ根に持っているらしい。目を赤くして近寄ってきて、仇敵でも見るような目でにらみつけた。

「アレルギーなんてたいしたことないじゃん。恵さんが言ってたよ、軽いアレルギーなんて死にゃしないって。

わざとらしくして恵さんと張り合ってるだけでしょ。父さん、こいつの言うこと信じちゃダメだよ」

呆然としている私を、宥一がテーブルに押しつけた。

彼の気まずさは怒りに変わり、駄々をこねる子どもを見るような目で言った。

「紗英、いい加減にしろ。

全部、食え」

両頬を掴まれ、冷たいおじやを無理矢理口に押し込まれる。

息子は手を叩いて拍手し、面白そうに笑っていた。

最後のひと口を流し込むと、宥一は手を離し、私の口元を拭って、優しい眼差しで言った。

「これでいいんだ。紗英、もっと素直になれよ」

私は彼を押しのけ、必死に吐き出そうとした。

だがもう遅い。喉が腫れ上がり、呼吸がどんどん苦しくなってくる。

意識が遠のく直前、大きな影と小さな影が、慌ててこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

目が覚めると、既に病室のベッドの上にいた。

消毒液の刺激的な匂いがきついのに、なぜかホッとした。

看護師さんが状況を説明してくれる。

「今回はアナフィラキシーショックでした。ご主人がすぐに病院へ運んでくださったので助かりましたが、もう少し遅れていたら危険でした」

私は顔を逸らして、可笑しくて仕方がなかった。

私がアレルギーだと知っていながら、海鮮おじやを無理やり食べさせたのは、他でもない彼らなのに。

看護師さんは続けて話す。

「ただ、ご主人も不思議ですね。お連れした後、電話がかかってきてそのままお帰りになって、今は連絡が取れないんです。

もしよろしければ、ご主人にご連絡いただけませんか。お支払いの件でお話がありまして……」

少し呆然として、そこでようやく気づく。

私はまだパジャマのままで、財布もスマホも持っていなかった。

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