中古PCの壁紙が婚約者の裸でした第2話
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有博の顔に浮かんでいた、いつもの笑みが少しずつ消えていった。
彼は呆然と私を見つめたまま、しばらく何も言えずにいた。それからようやく、声を絞り出すように言った。
「麗奈、何を言ってるんだ?その名前、どこで聞いた?」
けれど次の瞬間には、見慣れたその顔に、傷ついたような、困り果てたような表情が浮かんでいた。
有博は私の頬に触れようと手を伸ばし、低くやわらかな声で言った。
「麗奈、雨宮さんはうちの部署に入ったばかりの新人だよ。今日、プロジェクトで少しトラブルがあって、手を貸しただけなんだ」
身に覚えのないことで疑われた、とでも言いたげな顔だった。
その表情も、声の震わせ方も、あまりにも自然だった。
あの写真をこの目で見ていなかったら、私のほうが疑い深くなっているのだと思ってしまったかもしれない。
有博は私を抱き寄せようとする。声はさっきよりもさらにやわらかく、まるで機嫌を損ねた子どもをなだめるみたいだった。
「結婚が近いから、不安になってるんじゃないか?
変なこと考えるなよ。十五年も一緒にいたんだ。俺のこと、信じてくれよ」
すぐ目の前にある有博の顔を見ながら、私は反射的に彼を押し返していた。
その動きに、有博の目がわずかに揺れた。
その奥に浮かんだ傷ついた色が、さらに濃くなった。
「麗奈、本当にどうしたんだ?誰かに何か言われたのか?」
あのパソコンを取り出して、見たくもない証拠をすべて彼に叩きつけようとした、そのときだった。
テーブルに伏せて置かれていた有博のスマホが、もう一度短く震えた。
今度はメッセージの通知だった。
有博がとっさに手を伸ばす。
けれど、それより先に、私は画面に浮かんだカレンダーの通知を見てしまった。
【今日17時、『ひとすじ』受け取り】
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
『ひとすじ』は、私が初めて売った絵の題名だった。
大学に入ったばかりの頃、その絵は学内ギャラリーに飾られていた。けれど足を止める人はほとんどいなくて、誰にも見向きもされなかった。
それでも展示期間の終わりに、名前も知らない買い手が現れ、その絵を買ってくれた。
ずっと後になってから知った。
その買い手が、有博だったのだと。
有博はその絵を、私たちがこれから暮らすはずだった新居に飾った。
そして、絵の隅に入った私の拙いサインを指さしながら、笑って言った。
「俺が結婚するのは、麗奈だけだ」
あの絵は、私たちの恋の始まりだった。
有博が私に誓ってくれた、たった一つの、ひとすじの恋だった。
私が通知を見てしまったことに気づいたのだろう。有博の顔に、一瞬だけまずいという色がよぎった。
けれどそれもすぐに、困ったような優しい笑みに変わる。
有博はスマホを私に差し出し、その予定のメモ欄を開いて見せた。
そこには、こう書かれていた。
【麗奈の結婚指輪。『ひとすじ』をモチーフに、愛を込めて】
有博は小さく息をつくと、背後からそっと私を抱きしめた。顎が、私の肩にやわらかく触れる。
「本当は、結婚式の前日に渡して驚かせるつもりだったんだけどな。先に見つかっちゃったか。
フランスのデザイナーに頼んで、『ひとすじ』の構図を指輪のデザインにしてもらったんだ。麗奈、俺たちの指輪は、世界に一つだけなんだよ」
有博の声は、やけにやわらかかった。
温かい息が、耳元をかすめる。
「もう怒らないでくれよ、な?雨宮さんにしつこく話しかけられたのは認める。でも、俺はちゃんと断った。
俺には、麗奈しかいないんだよ」
少し間を置いてから、有博は私の額にそっと唇を落とした。
「指輪、受け取ってくる。外は寒いし、麗奈は家で待ってて。すぐ戻ってくるから」
私は彼の腕の中からそっと身を離し、自分でも驚くほど静かな声で言った。
「行ってらっしゃい」
有博が出ていったあと、私はすぐに自分のスマホを手に取り、フリマアプリの取引履歴を開いた。
出品者の名前は、雨宮日菜。
住所は、市の西側にある高級マンションだった。
かつて、有博はあのマンションの広告を指さして、私に言ったことがある。
「麗奈、ここに部屋を買ったんだ。これからはそこで、落ち着いて絵を描けるよ」
あのときの私は胸がいっぱいで、それもまた、私たちのこれからを形にしたものだと思っていた。
けれど今思えば――それがいちばん皮肉だった。
私はタクシーを呼び、その住所を伝えた。
三十分後、マンションのエントランス前で降ろされた。
すぐに、有博の見慣れた黒いカイエンが目に入る。
中には入らず、私は通りの向かい側の暗がりに身を潜めた。
やがてエントランスの自動ドアが開く。
有博が、小柄な女を連れて外に出てきた。
顔を見た瞬間、写真に写っていたあの子だとわかった。
日菜は親しげに有博の腕に絡みつき、ほとんど体を預けるように寄り添っている。
そのまま背伸びをして、有博の頬に軽くキスをした。
有博はそんな日菜を見下ろしながら、口元にやわらかな笑みを浮かべていた。
それは――十五年間、私だけに向けてくれていたはずの顔だった。
手足の先から、じわじわと冷えていった。
それでも私は、いつの間にかスマホのカメラを二人に向けていた。
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