中古PCの壁紙が婚約者の裸でした第3話
この話は約1759字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
胃の奥から、また吐き気がこみ上げてきた。
写真を見たときとは比べものにならなかった。
日菜は有博を見上げ、キスをせがむように唇を近づけた。
有博は彼女を押しのけるでもなく、困ったように笑って、人差し指でその額を軽くつつく。
「やめろ。誰かに見られるだろ」
日菜はますます有博の腕に絡みつきながら、わざと甘えた声で言った。
「見られたっていいじゃない。麗奈さん、あなたのこと大好きなんでしょ?たとえ知ったって、どうせ私が誘惑したんだって思うだけよ」
その言葉に、有博の表情がぴたりと止まった。
「最初に言っただろ。俺には背負うべき責任があるんだ。
麗奈と結婚するのは最初から決まってる。それは変わらない」
日菜は不満そうに唇を尖らせると、小さなバッグから上品なベルベットの箱を取り出し、有博の前に差し出した。
「もう、怒らないでよ。麗奈さんには迷惑かけないって約束するから。ねえ、見て。何を用意したと思う?
私たちの指輪も、『ひとすじ』って名前にしようよ」
有博の顔が、一瞬だけこわばった。
けれど日菜を見つめたあと、結局、彼は笑った。
「ほんと、お前には敵わないな」
私は、有博がその指輪を受け取り、左手の薬指にはめるのを黙って見ていた。
その指輪は、さっき有博が私に語っていた、『ひとすじ』をモチーフにした結婚指輪と、驚くほどよく似ていた。
十五年分の想いの奥に残っていた、最後のぬくもりまで。
その瞬間、きれいに消えた。
私は最後までその様子を録画すると、スマホをしまった。
そして二人に背を向け、その場を離れてタクシーを拾った。
家に戻っても、明かりはつけなかった。
暗闇の中、私はソファに座ったまま、あの動画を何度も繰り返し再生した。
有博があの指輪をはめた瞬間、顔をよぎった一瞬のためらいと――やがて迷いを手放したような表情。
やはり、すべて偶然なんかじゃなかった。
あのパソコンも、あの壁紙も、すべて日菜が少しずつ仕掛けていた罠だった。
婚約者である私に、その顔を見せつけるために。
そして――すべて彼女の思い通りになった。
私の世界は、十五年分の想いごと、跡形もなく崩れ落ちた。
その動画もまとめて美里に送ったあと、私は何事もなかったかのように過ごしながら、婚約式の日が来るのを静かに待った。
有博は後ろめたさでもあったのか、前にも増して私に優しくなった。
けれど、その優しさが、たまらなく気持ち悪かった。
婚約式の前の晩、有博は上機嫌な様子で帰ってきた。
手にはギフトボックスを持ち、いつもと同じやわらかな笑みを浮かべている。
「麗奈、こっち来て。ドレスをオーダーしたんだ。明日これ着た麗奈を見るの、ずっと楽しみにしてたんだ」
そう言って有博は得意げに箱を開けた。
中に入っていたのは、シャンパンカラーのマーメイドラインのロングドレスだった。
裾には細かなラインストーンが散りばめられ、灯りを受けてやわらかくきらめいている。
有博はそのまま片膝をつき、もう一つのベルベットの箱を開いた。
中にはダイヤモンドの指輪が収まっていた。
重なり合う繊細なラインは、『ひとすじ』の構図そのままだった。
有博は片膝をついたまま、私を見上げた。
その目は、まるで本当に私だけを見ているみたいだった。
「これが、俺たちの『ひとすじ』だ。俺の気持ちと同じで、ずっと変わらない。
明日が終われば、麗奈は俺の妻になる。ずっと、この日を待ってた」
声には、ほんのわずかな緊張が滲んでいた。指先もかすかに震えている。
私は、有博の瞳に映る自分を見つめた。
そこにいたのは、これからを疑いもせず信じていた私ではない。
十五年分の想いが、すっかり冷めきってしまった私だった。
私は手を差し出さなかった。
ただ静かに有博を見下ろし、その目に浮かんでいた期待が少しずつ消えていき、やがて不安に変わっていくのを見ていた。
有博は不安そうに、私の名を呼んだ。
「麗奈?どうした?気に入らなかったか?」
私はゆっくりと首を横に振った。
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「ううん、とても気に入ったわ」
有博はほっとしたように、小さく息をついた。
そして私の手を取って、指輪をはめようとする。
けれど私は静かに身を引き、指輪の箱だけを受け取った。
絡み合うラインを見つめているうちに、ふいに笑みがこぼれる。
「ねえ、もし明日、私が式から逃げたら……どうする?」
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