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上場の鐘が鳴った日、彼を愛さなくなった第3話

この話は約1851字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

私はスマホの電源を切り、涙をこらえながら食事を口に押し込んだ。お腹は満たされたのに、心にはぽっかりと大きな穴が開いていた。

ナナが何度か鳴いて、私の足元に伏せ、何も言わずに寄り添ってくれた。

夜11時、彼がやっと帰ってきた。手にはテイクアウトの箱を提げていた。

ナナが彼の足元にまとわりつくと、蹴り飛ばされた。くうんと鳴いて、私の腕の中に逃げ込んでくる。

私はナナを庇いながら、ゆっくりと彼の手の箱に目をやった。

「夜食?」

彼はその箱をテーブルに置いた。

「美味かったから、お前の分も持ち帰った」

「お腹空いてないわ」

彼は眉をひそめ、有無を言わせない口調で言った。

「わざわざ持ち帰ったんだ、食えよ」

自分たちの食べ残しが、わざわざ私のために持ち帰ったものにされていた。

私は答えなかった。

彼が歩み寄ってきて、私のスマホを取り上げ、見下ろすように言った。

「麻理子、一体どうしたんだ?言いたいことがあるなら、はっきり言え。そうやって黙り込まれるのが一番嫌いなんだよ」

「私、そんな顔してる?」

「してるだろ。さっきからずっと不機嫌そうな顔しやがって」

後ろめたいことがあるのは、彼の方じゃないか。

私は言い争うことなく立ち上がり、箱を開けた。エビフライに、カニクリームコロッケ、それに海鮮ちらし。並んだ料理を指差し、静かな声で言った。

「これ、本当に私のために買ってきたの?私、シーフードアレルギーだって、忘れたの?」

彼は一瞬固まった。

「知らなかった……いや、これはもも……友達が持たせてくれたんだ」

「桃子でしょ」

彼の眉間に皺が寄った。

「俺のこと、探ってるのか?」

私はスマホを掲げ、SNSのタイムラインを開いた。

何度もスワイプしても、出てくるのは彼と父の写真ばかりだった。

「見たくなくても、目に入ってくるのよ」

彼は私をじっと見つめると、背を向けてバーカウンターから酒瓶を取り、グラスに注いで一気に飲み干した。

「お前の父さんの誕生日に、電話一本くらいかけてやれよ。お前が拗ねてるからって、俺まで一緒になって意地を張らなきゃいけないのか?」

その声には疲労が滲んでいた。

「あの時、お前が素直に父親に頭を下げていれば、俺だって10年も苦労せずに済んだかもしれないんだぞ。はあ……麻理子、俺はもう、本当に疲れた」

彼は私を責めていた。私が、彼の成功への近道を用意してやらなかったことを。

私は寝室に戻り、そのままドアを閉めた。

「今夜はひとりで寝たいの」

……

昨夜の言い争いは、結局うやむやなまま終わった。

そのまま私たちは、これまでにないほど長く口をきかなくなった。

彼が出勤している間に、私は自分の荷物を少しずつ片づけ始めた。

戸棚にしまってあった上等な昆布や干し椎茸、いただきものの鰹節も、すべて箱に詰めた。

何年もかけて少しずつ集めてきたお気に入りの調味料も、一つ残らず。

去年仕込んだ梅酒もちょうど飲み頃になっていたので、そのまま新しい家へ送った。

ナナも例外ではなく、車を手配して先に送り届けた。

……

土曜の夜8時、綾人が帰宅したばかりで、まだカバンも下ろしていないうちに言った。

「桃子が明日の夜、うちの母を呼んだ。両家で食事するから、お前も来い」

私はスマホをいじる手を止めた。

「……断ってもいい?」

彼はまっすぐに私を見た。

「両家そろって食事する意味くらい、お前にもわかってるだろ。都合のいいところだけ受け入れて、恵まれているくせに、不満そうな顔をするな」

どういう意味なのか。

婚約?それとも結婚?

けれど、その相手は私なのか、それとも桃子なのか。

私はそれ以上尋ねず、頷いて「わかった」とだけ言った。

理由なんてない。ただ、このふたりがどこまで進んでいるのか、知りたかっただけだった。

翌日、私が到着した時には、個室にはすでに人が揃っていた。

桃子は皆に囲まれるようにして中央に座り、何を話したのか、深川由加里(ふかがわ ゆかり)を絶えず笑わせていた。

私を見ると、由加里は笑みを引っ込め、素っ気なくひと言だけ言った。

「遅かったわね」

20年以上も父親らしいことをしてこなかった私の父、荒木清蔵(あらき せいぞう)が、初めて父親らしい態度を取った。

湯呑みを音を立ててテーブルに置いた。

「なんでこんな時間に来るんだ。目上の人間を待たせるなんて、どういうつもりだ」

私が答える前に、桃子が近づいてきて、笑いながら場を取り繕った。

「お姉ちゃんのせいじゃないよ。綾人さんが私を迎えに来てくれたせいで、お姉ちゃんまで遅れちゃったんだから」

私は頷いた。

「ええ、確かにあなたのせいね」

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