一寸の恋、一寸の災い第2話
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加豆子は、自分がどうやって車に戻ってきたのかすら覚えていなかった。
車内は快適な温度にエアコンが設定されていたはずなのに、徹と政略結婚の細部まで決まった時まで、彼女の手の震えは止まらなかった。
徹は、加豆子の素直な態度に満足した様子で、最後のメッセージを送ってきた。
【一条家が君を育てたのは、全くの無私というわけには言えない。だが今回の結婚の相手は、真剣に選んだ優秀な人物だ。安心して嫁げばいい。
佑翔に、私たちから話しておこうか?君と彼は特に仲がいい。突然の結婚話に、きっと寂しがるだろう】
このメッセージを読んだ瞬間、加豆子の脳裏に、佑翔の彼女を傷つけた冷たい言葉が、再び蘇った。
ぽたり、と涙が不意に携帯の画面に落ちた。
……カチッ。
そのとき、突然車のドアが開いて、佑翔が乗り込んできた。
彼の黒い瞳には、目を赤く腫らした加豆子の悲しく惨めな姿が映り、わずかに眉が寄った。
そして、彼女をそっと抱きしめた。声には隠しきれない優しさと気遣いが滲んでいた。
「姉ちゃん、どうして泣いてるの?体の具合でも悪いのか?」
加豆子はさりげなく携帯を背中に隠した。
かつては胸を高鳴らせた彼の体温に触れながらも、もはや以前のような甘い感情は湧いてこなかった。
彼女は首を横に振り、できるだけいつも通りの落ち着いた声で答えた。
「何でもないよ。ただ……さっき蒼海ピアノコンクールの決勝に招待されて、すごく嬉しくて……」
その瞬間、佑翔の身体がぴくりと硬直した。
ついさっき、電話で話していたコンクールも、「蒼海ピアノコンクール」だったからだ。
京華市最大級にして、もっとも権威のあるピアノコンクール。
それは、彼の幼なじみであり、家柄もつり合いの取れた家の令嬢白川清凪(しらかわ せいか)が、何があっても手にしたいと願っている賞だ。
だが、これまで四年連続で勝ち取ってきたのは加豆子だった。
清凪は、いつも二位止まりだった。
「姉ちゃん……」
佑翔は加豆子の首筋に細やかなキスを落としながら、まるで甘えるようにささやいた。
「蒼海コンなんて、もういいじゃないか。何度も優勝してるんだし、今年くらいは休んでもいいだろ?
家にいて……俺のそばにいてよ」
そう言いながら、佑翔のしなやかで美しい指が、加豆子の胸元をなぞり、ボタンをひとつずつ外していった。
これまで二人が激情に溺れていたとき、加豆子は情熱に流され、佑翔のどんな無茶な願いも、合理的なものも不合理なものも、すべて受け入れてきた。
佑翔は、彼女の理性が欲に弱いだけだと思っていた。
だが実際は……
加豆子が執着していたのは、絡み合う最中に彼の瞳にほんの一瞬だけ浮かぶ、あの「愛しさ」のような光だけだった。
しかし今、彼女ははっきりと気づいてしまった。
この男が、彼女を本当に愛したことなど、一度もなかったということに。
加豆子は、ただの道具、おもちゃにすぎなかったのだ。
だから、佑翔に抱かれているその瞬間でさえ、彼女の瞳は澄みきっていた。
可憐な顔には、凍てつくような冷たい表情が浮かんでいた。
真っ赤な唇が皮肉げに弧を描き、彼女はわざとらしくこう言った。
「うん、じゃあ行かない。
賞なんていらない」
……あなたなんて、もう要らない。
ただ、その最後の一言だけは、口には出さなかった。
佑翔の顔には、明らかに安堵と喜びの色が広がった。
瞳には熱を帯びた欲望が浮かび、彼は加豆子のくびれに腕をまわし、そのまま押し倒そうとした。
加豆子は、気づかれないようにそっと眉を寄せた。
「体調が悪い」と言い訳するつもりだったその瞬間……
車の窓越しに、整ったノックの音が響いた。
それに続いて、透き通った冷たい女の声が聞こえてきた。
「佑翔、中にいるの?今何してるの?彼女と一緒?」
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