一寸の恋、一寸の災い第3話
この話は約1530字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
佑翔は、ほとんど反射的に加豆子を強く突き飛ばした。
彼女の後頭部がドアに激しくぶつかり、その痛みに顔がさっと青ざめ、息が詰まった。
佑翔は乱れた服を慌てて整え、すぐさま窓を下ろして、車の外にいる清凪を緊張した面持ちで見つめた。
いつもは冷静沈着な彼の声が、清凪を前にすると、声の調子さえかすかに震えていた。
「彼女なんていないよ。ただ、加豆子姉さんがさっき怪我して、ちょっと手当てしてただけだ」
加豆子が顔を上げると、ちょうど清凪の冷たく意味深な美しい瞳と視線が合った。
その清らかな瞳には、加豆子の惨めさも、みっともなさも、すべてが映っていた。
二人は、まったく正反対の存在だった。
加豆子は、豊かな体つきと純粋さと色気を併せ持ち、男たちの欲望をかき立てる女で、清凪は細身で冷ややか、まるで天から舞い降りた女神のような存在だった。
加豆子もわかっていた。佑翔と清凪は幼い頃からの付き合いで、小学校から同じ学校に通い、留学までも一緒だったことを。
周囲の大人たちも、18歳までの加豆子自身も、佑翔と清凪は「理想のカップル」だと信じて疑わなかった。
でも……18歳のあの夜、佑翔が選んだのは加豆子だった。
加豆子はてっきり、彼が清凪のようなタイプは好きじゃないのだと思っていた。
しかし今になってようやく分かった。
彼はただ、自分の中で神聖視している彼女を、汚したくなかっただけだ。
清凪はしばらく加豆子を見つめたあと、ふっと微笑み、口を開いた。
「佑翔、この人が、あなたの家が援助してる、たしか……桜庭さんだよね?
あなたが彼女と仲がいいのは知ってるけど、もう少し気をつけた方がいいわよ。
仲が良すぎると、もし噂になったらご両親の顔にも泥を塗ることになるし、私だって……佑翔を見下ろすかもしれないわ」
「見下ろす」という言葉が落ちた瞬間、佑翔の表情がはっきりと動揺に変わった。
「違うよ!彼女とは何もない!彼女と付き合うなんて、ありえないよ」
その言葉が、ナイフのように加豆子の胸をえぐった。
彼女は両手を強く握りしめ、指が掌に食い込んで、皮膚が破けそうなほどだった。
それでも、清凪の表情は冷ややかで、皮肉めいた笑みを浮かべていた。
佑翔は焦りを隠せず、振り返って加豆子に目で合図を送った。
その目には、懇願の色がにじんでいた。
加豆子は、込み上げる悲しみを必死に飲み込み、ぎこちなく口元を引き上げて微笑んだ。
「白川さん、誤解です。
佑翔とは恋人なんかじゃありません。仮に感情があったとしても、せいぜい姉弟のような関係です。
それに、私もうすぐ政略結婚なんです。佑翔とどうこうなるなんて、あり得ませんよ」
その言葉を聞いた清凪の氷のような表情が、ようやくわずかに和らいだ。
佑翔を見るその瞳も、さっきとは打って変わって柔らかさを取り戻していた。
「佑翔、しばらくおじさんたちと話してないから、今夜あなたの家に伺うわね」
そう言い残し、清凪は背を向けて立ち去っていった。
日差しが、白鳥のように気高く優雅な彼女の背に注がれていた。
その姿を見つめながら、加豆子の胸には、ふとした劣等感が芽生えた。
そのとき、手首に鋭い痛みが走った。
佑翔が強く掴んでいたのだった。
眉をひそめて、どこか不満げな表情を浮かべながら言った。
「姉ちゃん……さっき政略結婚って、それどういう意味?」
加豆子の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
ほんの少しだけ力を込めて、彼の手から自分の腕を引き抜いた。
「ただの言い訳よ。気にしないで」
その答えに、佑翔はようやく安堵の息をついた。
だが、車内には奇妙な沈黙が流れた。
佑翔は軽く咳払いをして、自らの行動に言い訳を重ねた。
「別に怒らないでくれよ。清凪が父さんたちに余計なことを言いやしないか心配で、そう言っただけだ」
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