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ロマンスの始まり第2話

この話は約1952字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私は涙を拭うと、ドライブレコーダーのクラウドアプリを開いた。

これは以前、奏太が私を安心させるために、自ら私のスマホにインストールしたものだ。

以前は彼を信頼していたから、一度も開いたことはなかった。

画面がロードされる。リアルタイムの映像だ。

車内は薄暗いが、音声は恐ろしいほど鮮明だ。

「奏太さん、この曲すごくいいね。これからは二人の思い出の曲にしよう?ね?」

里帆の声は甘く、私の前で見せるような卑屈さは微塵もない。

「ああ、里帆の言う通りにしよう」

続いて、衣擦れの音と、吐き気を催すような喘ぎ声が聞こえてきた。

私はダウンロードボタンを押した。

涙が枯れると、あとには骨まで凍るような寒気だけが残った。

夜が明ける頃、奏太が帰ってきた。

彼は疲労困憊の様子だったが、ワイシャツの襟元には淡いピンク色の痕跡があった。

里帆が愛用しているリップティントの色番だ。

脳裏に、彼女の音楽アカウントのアイコンが浮かぶ。人参を抱えた白いウサギ。

ふわふわで、無垢で、人畜無害。

彼女自身と同じだ。いつもおどおどと上目遣いで人を見つめ、簡単に他人の保護欲をかき立てる。

当初、私がこういう彼女を支援したのも、まさにそれが理由だった。

奏太もおそらく、その偽装にに溺れたのだろう。

彼は常々、私を「金のことばかり」「気が強すぎる」と疎んじていた。

この瞬間になってようやく理解した。彼が必要としていたのは、ただひたすらに自分を見上げ、崇拝してくれる人間だったのだ。

「茜、死ぬほど疲れたよ。あの企画書を仕上げるのに、一睡もできなかった」

彼は目を閉じて愚痴をこぼし、いつものように私がホットタオルと蜂蜜水を持ってくるのを待っている。

だが、私は動かなかった。

「茜?」

世話を焼かれないことを不審に思い、彼は目を開けた。

私は彼を見つめ、乾いた声で言った。

「体から、なんだか川の生臭い匂いがするけど?」

奏太の体が明らかに一瞬強張った。だがすぐに自然を装い、起き上がってネクタイを緩めた。

「ああ、昨夜はプロジェクトチームのみんなと河川敷に行って気分転換したんだ。夜食もそこで食べたからさ」

「里帆もいたの?」

奏太の瞳が揺らいだ。しかしすぐにあの居直ったような態度に戻る。

「いたよ。彼女はインターンだろ?みんなと一緒に勉強させてるんだ。茜、君があの時紹介してくれたおかげだよ。あの子、結構根性あってさ、みんなにも可愛がられてる」

彼は近づいてきて、私の手を取ろうとした。

「そういえば、あの子もいつも言ってるよ。支援してくれた茜さんに感謝しなきゃって」

私は彼の手を避け、淡々と言った。

「私が支援したのは、彼女が学問を修めて自立するためであって、私の彼氏と徹夜でリバービューを楽しませるためじゃないわ」

奏太の顔色が変わった。

「茜、どういう意味だ?なんでそんなひどい言い方をするんだよ。俺たちはただの仕事上の関係だぞ!」

「ただの仕事上の関係で、深夜に688回も同じ曲を共有するの?」

私はプリントアウトしたリスニングレポートをテーブルに投げつけた。

紙が散らばり、奏太の瞳孔が急激に収縮する。

しばらくして、彼は呆れたようにため息をついた。まるで聞き分けのない子供を見るような目だ。

「たったそれだけのことか?茜、君神経質すぎるよ。

このアカウントは会社のパソコンでもログイン状態なんだ。時々、里帆が残業中に俺のアカウントで曲を聴いて眠気覚ましをしてるだけだろ。それがどうしたって言うんだ?同じ職場の仲間なんだ、そんな些細なことでいちいちログアウトしなきゃいけないのか?」

彼は私を見下ろし、その口調には失望が滲んでいた。

「俺は二人の将来のために必死で働いてるのに、君は家で数行の再生履歴を見て、あらぬ疑いをかけてる。茜、もう少し大人になれないのか?」

大人。

私は苦々しく口角を上げた。

5年だ。

彼が一文無しだった頃から、今の羽振りの良さを手に入れるまで、ずっと支えてきた。

私が安らぎを求め、結婚を口にするたびに、彼は「会社はまだ成長期だ、君に最高のものをあげられない」と言って逃げてきた。

私はそのたびに理解を示し、妥協し、最も輝かしい青春を「待つこと」に費やしてきた。

それなのに今、彼は私が大人じゃないと言い、彼と他人の一線を超えた関係を包容できない私を責めている。

私は笑った。

「シャワー浴びてきなよ。全身臭くて、耐えられない」

奏太は私が折れたと思い込み、安堵の息を漏らして浴室へと向かった。

シャワーの音が響き始める。

私は彼のスマホを手に取った。

パスワードはまだ私の誕生日のままだ。彼はこれを深い愛情表現だと思い込んでいる。

ロックを解除し、ラインを開く。

トップに固定されているトークルームは私ではなく、【プロジェクトチーム-資料共有】というグループだった。

メンバーは二人だけ。

彼と美山里帆。

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