メイド扱いされた私が去った後、坊ちゃんが狂った第3話
この話は約2355字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「何か用ですか?」
本来なら、今日は休みのはずだった。
まだ人事に退職の話すらしていないし、銘也は普段、会社にもあまり行かない。
私は彼の生活秘書として、ほとんどの時間を彼のそばで過ごし、仕事に関するあらゆることを手伝っていた。
会社では、ほとんど名ばかりの社員と言ってもいい。
そんな私を、突然呼び出して何の用だろう?
詳しく聞こうとしたけれど、銘也は強い口調で言った。
「来ればいいだろ。いちいち何を聞いてるんだ?呼んだんだから、当然大事な用があるんだ!」
仕方なく、私は会社へ向かった。
オフィスのドアを開けると、銘也と麻沙美が楽しそうに談笑しているのが目に入った。
私が部屋に入った途端、空気が少し重くなった。
私の姿を見た銘也が、開口一番、不満をぶつけてきた。
「なんでこんなに遅いんだ?お前、普段も会社でそんなふうにサボってるのか!」
彼は私が普段どんな仕事をしているのかも知らない。
それどころか、私がつい先ほど退職願を出したことすら知らないようだった。
けれど、私は何も説明せず、ただ尋ねた。
「結局、何の大事な用なんですか?わざわざ私本人を呼び出す必要があるようなことなんですよね」
すると銘也は、横を向いて麻沙美に笑いかけてから、当然のように私に言った。
「お前も生活秘書を長くやってきただろ。今日から一旦外れてもらって、麻沙美に代わってもらおうと思ってる。ちょうど国内の仕事の流れにも慣れてもらえるしな」
私は一瞬戸惑ったが、少し可笑しく思った。
「周防さんに生活秘書を?」
銘也は頷き、もっともらしい理由を並べた。
「麻沙美には俺の専属秘書をやってもらう。お前はマーケティング部の副部長に異動だ。ちょうど空きがある。そう考えれば、昇進みたいなものだろ」
誰が聞いても、ただの口実だと分かる。
けれど、私は心の中でほっとした。
ちょうど退職願を出した時に、その理由を聞かれて困っていたところだった。
これで、理由ができた。
銘也が提示した新しい役職を、私はその場で断った。
「いえ、結構です。私はまだその役職を務められるほどの能力がないと思っていますので、会社の発展の足を引っ張るようなことはしたくありません」
銘也は目を見開いた。
私が拗ねているのだと思ったのか、たちまち不機嫌になった。
「いい加減にわがままを言うのはやめろ。これは俺が勝手に異動させたことへの反発か?」
すると麻沙美も、横からわざとらしく悲しそうな顔をして口を挟んだ。
「生活秘書のポジションを手放したくないなら、私はあなたと取り合ったりしないわ。銘也を困らせないで」
私はそれを聞いても、あえて説明しなかった。
何を言っても、かえって話をややこしくするだけだ。
そう思った私は、そのまま踵を返した。
「詩織!どこへ行くつもりだ?いい加減にしろよ!」
背後から銘也の怒鳴り声が飛んできた。
その直後、麻沙美が銘也に「私が浅草さんを説得してくるよ」と言うのが聞こえた。
そして、彼女は足早に私の後を追ってきた。
エレベーターに乗った途端、麻沙美は別人のような顔になった。
鼻で冷たく笑いながら言う。
「本気で辞めるつもりなのか、それとも退くふりをして何か企んでいるのかは知らないけど、私は最後まで付き合ってあげる。銘也は絶対に私のものよ」
私は少し考えてから、横を向いて尋ねた。
「あなたは、本当に銘也を愛してるの?」
麻沙美は一瞬きょとんとした。
まさか私からそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
次の瞬間、彼女は鼻で笑った。
「愛してるわよ。どうして愛してないと思うの?柳井グループが数年前に上場してから、年間の売上だけでも数億あるのよ。それだけでも、私は銘也を死ぬほど愛せるわ。お金持ちを愛せない人なんて、どこにいるの?」
そう言いながら、彼女は私を見下すような目を向けた。
「本気の愛なんて欲しがるのは、あなたみたいな馬鹿だけよ」
ほら、麻沙美ですら、私が銘也を本気で愛していることに気づいている。
なのに、銘也だけは知らない。
麻沙美が私にこんなことを何のためらいもなく話せるのも、銘也が私の言葉なんて信じるはずがないと確信しているからだ。
1階に着くと、まだついてきている麻沙美の存在が、ただただ鬱陶しく感じられた。
「もう芝居は十分でしょう。帰れば?安心して。私はちゃんと出ていくから」
けれど、麻沙美は首を横に振った。
そして、顎をわずかに上げ、上階を示した。
「芝居をするなら、最後までやりきらないとね。銘也がまだ上から見てるもの」
「好きにすれば」
私は苛立った声で言い捨て、そのまま会社のビルを出た。
すると突然、麻沙美に手首を掴まれた。
「そんなに急いで帰ることないでしょう?もう少し話さない?」
前回のことがあったので、私は今回は不用意に振り払わなかった。
ただ眉をひそめ、今にも怒りが爆発しそうなのを必死に抑えた。
「いい加減にしてくれない?」
そのとき、銘也まで下りてきた。
私たちの姿を見ると、麻沙美に声をかけた。
「麻沙美、どうしてこんなに時間がかかったんだ?」
すると麻沙美は、まるで耐え忍んできたかのような表情を浮かべた。
「銘也、私なりに頑張って説得したの。でも、浅草さんはどうしても戻ってくれないの」
それを聞いた銘也は、眉間を押さえながら怒りを堪え、仕方なく譲歩した。
「分かった。詩織、だったら麻沙美の補佐になればいい。これならいいだろ?もう意地を張るな。お前は会社にとってもかなり……」
まだ言い終わらないうちに、銘也が突然目を見開き、驚きの声を上げた。
「危ない!」
次の瞬間、誰も反応する暇もないうちに、銘也は麻沙美を引き寄せ、私から遠ざけた。
そして私が状況を理解したときには、制御を失った車が、すでに私の身体に激突していた。
世界がぐるりと回るような感覚と激しい痛みに襲われ、次の瞬間、私は意識を失った。
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