ストロベリーフレーバーを好きの彼氏を捨てた第2話
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私はすべての荷物をまとめ終えていた。
二人がどこまで進んでいるのかは、私にはわからない。
けれどこの家は、もう吐き気がするほど嫌いだ。
朝の五時、和也が肉まんと豆乳を提げて入ってきた。
「外はこんな大雨だぞ。どこへ行くつもりだ?」
彼はごく自然に、私のスーツケースを受け取った。
肉まんは皿に二つ盛られ、テーブルに並べられた。昔なら贅沢な朝ごはんだった。祝日でもなければ、一個しか買わずに、互いに譲り合っていた。
中の汁を飛ばして慌てる彼の不器用な姿は、まるで昔のままだった。
けれど、何かが変わってしまっていた。
たとえば私はもう、ティッシュを抜き取って「食いしん坊ね」と笑ったりしない。
私は椅子の背に腕を預け、彼に尋ねた。
「いつからそういう関係になったの?」
口に運びかけた豆乳を、彼はむせて吐き出した。
「言っただろ、王様ゲームだったって!俺と真琴の間には何もない。お前はいったいどこまで騒げば気が済むんだ?」
彼が視線を上げた時、目元に後ろめたさを押し殺すような色が浮かんでいた。
「一か月前、あなたの下着に漫画柄のものが何枚か増えているのに気づいたわ。そのすぐ後、出前の届け先を間違えたでしょう。届いたのは、私が絶対に飲まない鎮痛薬だった。
それに、あなたが車内に置いた飾り。三十二歳の男が、本当にああいう趣味だって言える?」
空気が、しんと静まり返った。
箸がぱたりと卓上に置かれた。
和也が立ち上がった。数秒のあいだ、私をじっと見据えた。
「そんな些細なことで?」
その声には、失望が滲んでいた。
「最近、会社に若い人がたくさん入ってきたんだ。自分が年を取った気がして、彼らに溶け込みたかった。それの何が悪い?」
理由がこじつけだ。
「お前、あの親友との付き合いを減らせ。自分の結婚が不幸だからって、世の中の男がみんな自分の旦那と同じだと思い込んでるからな!」
私は一気に頭に血がのぼった。
矛先をそらすために、他人の痛みまで踏みにじるなんて。それでも人の言うこと?
「和也!少しは恥を知りなさい!」
「彼女が焚きつけなかったら、お前はそんなに疑心暗鬼になったか?」
和也はまるで私に張り合うように言った。
「俺がここまで必死にやってるのは、一体誰のためだと思ってるんだ?お前に家族を持たせてやるためだろ?
俺の周りに今、どれだけの女が寄ってきてるか、わかってるのか?でもな、俺はお前のために全部断ってるんだぞ!
これ以上、俺に何をしろっていうんだ?俺を追い詰めて、あいつらとホテルに行かせるつもりか?」
一年前にあんなに激しく喧嘩した時、彼は顔を真っ赤にして、半日たっても一言も言い返すことはできなかった。
深山真琴(みやま まこと)が入社して二か月が過ぎた頃から、彼は私に対し、逆に言い聞かせるようになっていた。
「その言い方、深山に教わったの?」
和也の反応が、自らの本性を裏切っていた。
「お前、いつまでそんなこと言ってるつもりだ?何でもかんでも真琴のせいにするの、いい加減やめられないのか?
あの子は若くて綺麗で、仕事もできるんだ。会社のみんな、あいつを可愛がってる!お前なんかよりずっと、心が広いんだよ!」
彼は気づいていなかった。自分の口元が、無意識にほころんでいることに。
昔、友達に私を紹介したときも、彼はそんな顔をしていた。
私は唇を結び、彼の言う通りだと思った。
結局、得をしている側は、いつまでも沈黙を守るべきものだ。
玄関の扉が、突然開いた。
ずぶ濡れの真琴が、玄関先に立って震えていた。
「社長、コートをお忘れでした」
つまり、この家の暗証番号を知っている第三者がいたということだ。
夜の後半も、和也は相変わらず波乱含みの時間を送ったらしい。
私は思わず笑った。
和也が私を一瞥し、何か言いかけたが、彼の身体はもう先に駆け出していた。
タオルを彼女の頭にかけた。
「大雨なのにどうしてわざわざ来たんだ?暇なときに俺が取りに行けばよかったのに」
「ただ、怖くて……」
真琴はおずおずと私を一瞥した。
「根元さんに誤解されるのが怖くて、早く謝りに来たかったんです」
和也は私に目配せした。
彼女に恥をかかせるな、という意味だ。
私は動かなかった。
真琴は指をもじもじと絡める。
「根元さん、私たちは本当にただの上司と部下の関係です……」
私は、彼女がわざと見せているキスマークを見つめた。
本気で私を馬鹿だと思っているらしい。
「やめて。あなたたち二人のベッドの上の話になんて、興味ないわ。
ちょうど朝食があったから、せめてものおもてなしってことで、食べていきなさい」
背後から、泣き声と慰める声が聞こえてきた。
私はすんなりと外へ出た。
だが空は荒天で、早朝すぎることも重なり、配車アプリすらままならなかった。一時間後、和也は私の服を纏った真琴を支え、階下へと降りてきた。
三人の視線が交差した瞬間、和也はふいに笑った。
「どれほどの意地の見せ所かと期待したのに、結局、外で雨に濡れてブルブル震えていただけじゃない」
真琴が飛びつくようにして、私の腕をつかんだ。
「根元さん、全部私のせいです。私が邪魔をしたんです。責めるなら私を責めてください……」
私は手を引き抜こうとした。
すると彼女は、その勢いに乗じて床に倒れ込んだ。
「詩織!」
和也は怒鳴り、慌てて彼女を助け起こそうとした。
真琴は苦しげに首を振った。「立てません……先に根元さんを慰めてあげてください。私は大丈夫ですから……」
「待ってろ。すぐに病院へ連れていく」
和也は迷いもなく彼女を抱き上げ、ガレージへ向かった。
三時間後、彼から電話がかかってきた。
真琴の転倒が芝居だったと分かって、私に謝るつもりなのだと思った。それとも、私がタクシーを拾えたか心配してくれているのかもしれない。
けれど電話に出た途端、浴びせられたのは容赦ない罵声だった。
「詩織!いくらなんでもやりすぎだろ!真琴はお前を思って動いてくれたのに、なぜわざと突き飛ばした!
あの子がどれだけ惨めに泣いてたか、わかってるのかよ?何様のつもりで、彼女を嵌めようとしてか?今すぐ謝りにこい!
じゃないと、お前のショボい収入で、よくもまあ家出なんてできるもんか?ここ最近裕福な暮らしが続いたからありがたみを……」
私は電話を切った。
言うならば、初心を忘れたのは彼のほうだ。
あの頃は、心も目も私だけに向け、この先一生、私ひとりだけを愛すなど誓ったくせに。
所詮、その程度の男か。
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