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クズ夫との決別、新しい人生へ第2話

この話は約2202字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

優勝トロフィーを掲げた結衣の写真を、宗介に送る気にはなれなかった。どうせ一瞥もくれないだろうと、痛いほどわかっていたからだ。

娘を連れて足早に帰宅し、すぐさま荷造りに取り掛かる。

遠く離れた実家のある西央(せいおう)市へのフライトを手配している最中、スマートフォンが震えた。玲奈からの動画メッセージだった。

再生すると、子供向けの出し物大会の様子が映し出される。ステージに立った凛が、帽子からウサギのぬいぐるみを取り出す手品を披露しようとして、無惨にもぬいぐるみを引き裂いてしまっていた。もちろん、入賞などしていない。

だが動画の後半には、手にしたアイスクリームを頬張りながら、玲奈と宗介、そして凛の三人が顔を見合わせて笑い転げる姿が収められていた。どこからどう見ても、幸せな家族の風景だ。

動画には、こんな一文が添えられていた。

【負けちゃったけど、家族が一緒ならへっちゃらだよね】

以前の私なら、即座に嫌味の一つでも叩きつけていただろう。だが今は違う。傍らで玩具を黙々と整理する結衣の背中を見つめていると、怒りよりも深い虚無感が勝った。今更そんなことをして、一体何になるというのか。

静かにチャット画面を閉じ、明後日の西央市行きフライトを二名分予約する。

確定ボタンをタップした、まさにその瞬間。玄関の扉が開き、宗介が姿を現した。その手には、白い百合の花束が握られている。

私と結衣は、思わず目を丸くした。

この男は昔から花を嫌っていた。「金の無駄だ」と吐き捨て、共に過ごした数年間のうち、花束などただの一度も買ってくれたことがない。誕生日も、結婚記念日も。当然、娘である結衣でさえ父親から花をもらった経験など皆無だった。

それなのに、なぜ今になって百合などを?

私と結衣は、信じられないものを見るように顔を見合わせた。

宗介はゆっくりとリビングに足を踏み入れる。しかし、床に広げられたままのスーツケースを目に留めた途端、その表情が強張った。

「……コンテストの後で凛が落ち込んでてな。少し長めに付き合ってやったんだ。その帰り道、たまたま花屋の前を通ったらお前たちのことを思い出してさ。柄じゃないが、買ってきた」

言い訳がましく並べ立てながら、宗介は荷物に視線を落とす。

「旅行の準備か?」

「……まあ、そんなところ」

首を横に振りかけ、曖昧に頷いてみせる。離婚届の提出まで、残りわずか2日。ここで余計な波風を立てるつもりは毛頭なかった。

私の返答に、宗介はあからさまに安堵の息を吐く。

「最近、家のことを疎かにしていたのはわかってる。明日は久しぶりに、家族水入らずで出かけないか?俺たち三人だけで。今度こそ絶対にすっぽかさないと誓うから」

その言葉に、人形を弄っていた結衣の手がピタリと止まる。恐る恐る宗介を見上げ、次いで私に視線を巡らせた。その小さな顔には、捨てきれない期待と、また裏切られるのではないかという怯えが入り交じっている。

揺れ動く娘の瞳を見て、私の心もわずかに揺らいだ。

「……わかった」

どうせこれが、三人で過ごす最後の時間になるのだから。

承諾の言葉を口にした瞬間、結衣の顔がぱっと明るく輝いた。お気に入りの人形をきつく抱きしめ、弾むような足取りで自分の部屋へと駆け出していく。

荷造りを再開した私の傍らに、宗介が歩み寄ってきた。どこか気まずそうに、口ごもる。

「今日の、おじさんって呼ばせた件だけど……」

心臓が激しし跳ねあがった。顔を上げ、正面から宗介を見据える。

宗介はしゃがみ込み、私の手元にそっと百合を置いた。その声は酷く申し訳なさそうで、腹立たしいほど優しげだった。

「仁奈、お前がどう思っているかはわかってる。俺が玲奈にかまけて、お前や結衣をないがしろにしていると怒ってるんだろ。

でも誓うよ、俺は玲奈に同情しているだけなんだ。あいつの夫は極道の世界で死に、頼れる人間が他にいない。ただ、あいつらにこれ以上惨めな思いをさせたくないだけなんだよ」

宗介は私の手を取り、自分の胸へと押し当てた。

「もう少しだけ時間をくれ。玲奈のことはきちんと片付ける。お前と結衣を、これ以上悲しませたりしないから」

私はただ、虚ろな瞳で目の前の男を見つめ返した。

こんな風に熱を帯びた瞳で見つめられたのは、果たしていつ以来だろうか。あの白いチャペルで永遠の愛を誓い合った結婚式の日だったか。それとも、結衣が産まれた日、小さな赤ん坊を腕に抱き、震える唇で私の額にキスをしたあの日だったか。

「仁奈。お前と結衣には、絶対に辛い思いはさせない。誓うよ」

かつての甘い記憶が、脳裏を掠めては消えていく。そして私は、引き出しの奥に眠る離婚協議書の存在を打ち明ける決意を固めた。

「ねえ、宗介。実はね」

「ああ、そうだ」

私の覚悟を、宗介の無神経な声が遮った。

「お前が結衣に買ってやったあの限定物の人形、書斎の戸棚にあったよな?最近、凛が人形に夢中らしいんだ。数日だけ借りていくぞ」

言うが早いか、宗介は足早に書斎へ向かい、結衣の大切な人形を見つけ出すと、車の鍵を掴んで慌ただしく玄関へ向かった。

バタン。

無情にも扉が閉まる。彼は、一度として振り返ることさえなかった。

私は無言のまま立ち尽くし、冷たい玄関の扉をじっと見つめていた。

やがて、言葉の続きを、誰もいない虚空に向かってポツリとこぼす。

「実はね、宗介。私と結衣は、もうあなたを見捨てたのよ」

私たちがこの家を去るまで、あと2日。

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