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もしも、出会った日のままでいられたなら第3話

この話は約1413字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

看護師が近づいてきて、太く長い針が私の静脈に突き刺さる。

自分の血が吸い上げられていくのを、ただ見ていることしかできなかった。

悔しさと無力さに、涙が頬を伝って静かにこぼれ落ちる。

寒成が歩み寄り、大きく温かい手でその涙をそっと拭った。

壊れ物に触れるような仕草で、柔らかな声を落とす。

「明里、つらいのは分かってる。この件が終わったら……何でも望みを叶える」

五百ミリリットルの採血が終わった頃には、私は椅子に崩れ落ち、指先ひとつ動かすのもやっとだった。

寒成は血液パックを受け取ると、振り返りもせずICUへと走っていく。

杏奈の頬に残っていた涙の跡はもう乾いていた。

すぐにいつもの高慢な表情へと戻り、冷ややかに言い放つ。

「もう帰っていいわ。運転手にホテルまで送らせるから」

――感謝の言葉は一つもなかった。

まるで最初から当然のことだったかのように。

私は椅子の背に手をつき、ふらつきながら立ち上がる。

杏奈の視線を受け止め、かすれた声で告げた。

「あなたに借りたものは今日で全部返した。

これで、もう私たちは何の貸し借りもない」

病院の外へ出ると、空一面から大粒の雪が降り続いていた。

薄いコート一枚で、重たい腹を抱えながら歩くたびに息が詰まる。

そのとき、腹の奥に引き裂かれるような鋭い痛みが走った。

まるで内側から強く引きずり下ろされるような感覚。

腰には、無数の細い針が一斉に突き刺さるような痛みが広がる。

足がもつれ、膝から崩れ落ちた。

そのまま前のめりに倒れ込む。

ポケットからスマートフォンが飛び出し、数メートル先に叩きつけられて画面が割れた。

次の瞬間、下半身にじわりとした温かさが広がる。

血と羊水が一気に溢れ出した。

周囲の人々が足を止める。

誰かがスマートフォンを向け、誰かがひそひそと何かを言い合い、誰かは眉をひそめて避けていく。

私は震える手を伸ばし、近くの人に必死にすがる。

「Help!please……help me……」

だが、その人は一瞥しただけで足早に去っていった。

雪の上に倒れ込んだまま、片手で腹を守り、もう一方の手で必死にスマートフォンへと手を伸ばす。

ようやく指先が届いた。

震える手で、寒成へと発信ボタンを押した。

「助けて……病院の前にいるの……お腹が痛い……もう……生まれる……」

受話器の向こうから聞こえてきたのは疲れたような、冷たい声だった。

「明里、安人はまだ危険な状態なんだ。そばを離れられない。

出産まではまだ二か月あるだろ。そんな急に生まれるはずがない」

一瞬の間。

そして、苛立ちを隠さない声で続ける。

「どうしてもつらいなら救急に連絡しろ。費用は出す。

もう少し強くなれ。何でも俺に頼るな」

――通話は一方的に切れた。

胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちる。

三年前、軽い熱を出しただけで、彼は夜中の便で帰国し、ずっと腕の中に抱きしめてくれていた。

点滴の袋を自分の体温で温めながら、耳元で囁いた。

「明里、もう一人で抱え込むな。お前が苦しんでるのを見るのは……耐えられない」

――あの言葉はどこへ消えたのだろう。

今、私は異国の雪の上に倒れ込んでいる。

かつての温もりは触れた瞬間に消えてしまう泡のように、あまりにも脆かった。

降りしきる雪が顔に容赦なく叩きつけられる。

腹の中の動きは次第に弱くなっていく。

視界がゆっくりと暗くなり――意識はそのまま途切れた。

再び目を開けたとき、視界に映ったのは白い天井だった。

反射的に腹へ手を伸ばす。

平らになっていた。

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