もう、あなたを待たない第2話
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皆が立ち去ると、知夏はもう堪えきれず、凛久の頬を思い切り平手で打った。
その一撃で凛久の口元から血が滲んだが、彼は怒ることもなく、ゆっくりと手を上げて血を拭い去るだけだった。
「もう見たんだろう。そうだ、俺は浮気した。怒るのは構わないが、日奈の前では騒がないでくれ。あの子は妊娠中なんだ。刺激を与えちゃいけない」
かつて彼はこう言っていた。
「知夏、俺が一番愛しているのは君だ。誓ってもいいよ。たとえ遠くに離れても、絶対に君を裏切らないし、浮気もしない」
それなのに今、彼はあまりにもあっさりと、自分は浮気したのだと告げ、そのうえ日奈の前では騒ぐなと言うのだ。
知夏は笑った。
笑いながら、涙が止まらなくなった。
「どうしてなのか教えて。私の何がいけなかったの?どうしてこんな仕打ちをするの?愛していないなら、どうして最初からそう言ってくれなかった?どうして結婚中の浮気なんて形で私を苦しめるの?」
知夏が泣く姿を見て、凛久はため息をついた。
「そうじゃない。知夏のいない世界は......あまりにも寂しかったんだ。3年前、俺の誕生日に偶然日奈とぶつかった。あの子には家族がいなくて、かわいそうだった。それで毎日のように病院へ見舞いに行くようになったんだ。ある日、医者が骨折の治療をしてる時、あの子は大泣きして、鼻水も涙も俺のシャツにべったりつけた。それなのに、不思議と少しも嫌じゃなかった......気がついたら、あの子に惹かれてたんだ。
それから間もなく、俺たちは付き合うようになった......君に知られるのは予想外だが、なかったことにはできないか?まだ昔みたいに......な?俺の中で、一番大切な人はずっと君なんだ。それは約束するよ」
その言葉を聞いて、知夏はただ滑稽だと思った。
彼女と凛久は幼なじみで、一緒に育ち、そのまま恋人になった。
世界中の誰もが、凛久が一番愛しているのは知夏だと知っていた。
彼女自身も、ずっとそう信じていた。
凛久は感情を抑えた穏やかな人で、他人にはいつも冷静で距離を置いていたが、彼女にだけはどこまでも優しく、辛抱強く甘やかしてくれた。
子どもの頃、よく他の子にからかわれると、そのたびに凛久が彼女の前へ立ちはだかり、相手を追い払ってくれた。
彼女がリンゴを食べたがると、木登りなんてできないくせに無理をして木へ登り、一番赤く熟した実を摘んで彼女の手に乗せてくれた。
雨の日に傘を持っていなければ、彼の傘はいつだって彼女の方へ傾けられ、自分がずぶ濡れになっても気にしなかった。
生理痛で苦しむ時には、事前に温かいカイロを用意して、そっと彼女の鞄へ忍ばせてくれた。
大学卒業後、彼女は別の街にある大病院で産婦人科医として働く道を選び、凛久は江ノ城に残って起業した。
やがて事業が成功すると、彼は彼女にプロポーズした。
遠距離になっても、二人の愛が揺らぐことはなかった。
結婚して5年。
友人たちが口を揃えて言っていたのは、いつも同じ言葉だった。
「凛久さんがあれだけ君を愛してるのに、浮気なんて心配する必要ないよ。安心しろ、俺たちがちゃんと見張ってる。もし浮気なんかしたら、俺たちが代わりに殴ってやるから!」
彼女はずっと、凛久は絶対に浮気しないと信じていた。
仮にそんなことがあれば、友人たちが必ず知らせてくれるとも。
けれど、すべてが嘘だった。
皆が彼女を騙していたのだ。
知夏は深く息を吸い、ゆっくりと目の前の男を見つめた。
「もうわかったわ。彼女に心を奪われたというなら......離婚しましょう、凛久。お幸せにね」
そう言って立ち去ろうとした彼女を、凛久は後ろから抱き締めた。
「待ってくれ、知夏!少しは俺を理解してくれないか?君こそ俺の妻だ。あの子と子どもは江ノ城で面倒を見る。君は京城にいればいい。あの子たちが君の前に現れることはない」
「何それ。それであなたが浮気した事実が消えるとでもいうの?たとえ江ノ城で養ったとしても、浮気したことに変わりはないでしょう!?」
知夏は勢いよく彼を突き飛ばした。
「矢野凛久、はっきり言うわ。私は浮気した男も、不倫相手も、絶対に許さない!」
「不倫相手って?二人とも何の話をしてるの?」
いつの間にか日奈が個室から出てきていた。
大きなお腹を支えながら、きょとんとした表情で凛久と知夏を見つめる。
「凛久、不倫相手って......誰のこと?」
その無垢で何も知らないような様子を前にしても、知夏は容赦なく言い放った。
「私が凛久の妻よ。彼とは結婚して5年に――」
「もうやめろ!」
彼女が真実を口にしたのを見て、凛久は激昂し、力いっぱい知夏を突き飛ばした。
「黙れと言っただろ!」
これだけの裏切りを受け、知夏の心はとっくに限界だった。
強く突き飛ばされた拍子に立っていられず、そのまま地面へ尻もちをつく。
手首の皮膚は大きく擦りむけ、焼けつくような痛みが走った。
反射的に凛久を見上げる。
以前の彼なら、真っ先に駆け寄って傷の手当てをしてくれたはずだった。
しかし今、彼が駆け寄った相手は別の女性だった。
「日奈、違うんだ。話を――」
「そんなはずない!私が不倫相手なんてありえない!この嘘つき!!」
日奈は力いっぱい彼を突き放したが、感情が激しく揺さぶられたせいで、そのまま意識を失って倒れてしまった。
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