もう愛してると言わなくていい第2話
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寝室に戻ると、翔はもうぐっすり眠っていた。
毎日顔を合わせている夫の横顔が、今はなぜかひどく知らない人のように感じられた。
夢うつつのなかで、翔が私の手を掴んだ。
「行かないで、ずっとそばにいて。
菫」
翔の顔には、この上ないほどの愛情と甘えが浮かんでいた。私には決して見せたことのない表情だった。
その瞬間、翔のスマホの画面が光った。
表示された名前は「菫ちゃん」だ。菫からのメッセージだった。
何度かパスコードを試したけど、ロックは解除できなかった。
私の誕生日、翔の誕生日、それに菫の誕生日でもダメだった。
最後のチャンスだと思い、亡くなった娘の命日を入力してみた。
まさかとは思ったけど、ロックが解除された。
そうだった。娘が亡くなった日、菫は娘の心臓を移植されて、新しい命を手に入れたんだ。
翔は、こんな形でずっと静かに菫への愛を育んでいたんだ。
トーク画面には、菫から送られてきた写真が数枚あった。
写真の中の菫は、春の日差しみたいに眩しい笑顔を浮かべていた。
菫は子猫みたいに翔に寄り添っていて、翔は少しぎこちない手つきで、彼女と一緒に指でハートマークを作っていた。
【翔さん、やっぱりあなたと行く遊園地は楽しいな。健太は全然つまんないもん】
【明日、記念撮影に付き合ってくれるって約束、忘れないでね。大好きだよ】
翔と菫は、まるで付き合いたてのカップルみたい。二人の幸せを盗み見している私は、まるでピエロのようだった。
でも、明日は翔が妊婦健診に付き添ってくれると約束した日なのに。
お腹の子と愛する女、どっちが大事なのかな?
その夜、私は一睡もできなかった。
賭けに出ることにした。
もし明日、翔が妊婦健診に付き添うことを選んでくれたら、この新しい命に免じて、もう一度だけ彼を許そうと。
翌朝、翔は早くから身支度を整えて出かけようとしていて、とても嬉しそうな顔をしている。
翔がドアを開ける直前、私は彼の服の裾を掴んだ。
「翔、どこに行くの?今日は妊婦健診に付き添ってくれる約束じゃなかったの?」
翔の笑顔が消えた。少し考えた後、私の手をポンポンと軽く叩いた。
「沙耶香、すまない。今日はどうしても外せない大事な会議があって、病院には付き添えないんだ。
物分かりのいい沙耶香なら、俺の状況を分かってくれるよな。
それに、昨日はお前も言ってたじゃないか。出産は経験済みだから、俺がいなくても大丈夫だって」
私がうつむいて黙っていると、翔は笑って私の額にキスをした。
「いい子だ。言うことを聞いてくれたら、帰りにプレゼントを買ってくるから」
そう言うと、翔は振り返りもせずに家を出ていった。
足早に去っていく翔の後ろ姿を見つめながら、今度こそ、完全に諦めがついた。
私はすぐに東都行きの飛行機を調べて、親友の小川美希(こがわ みき)に電話をかけた。
明後日の夜の便で東都へ飛ぶ。空港に着いたら、もうここの全てとはお別れだ。
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