もう彼の助手席には座らない第3話
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翌朝、会社の定例会議。
会議室のプロジェクターが明るく点いていて、文昭がスクリーンの前に立っている。
私が入っていくと、その場にいる全員が一斉に私を見た。
エレンは一番前の席に座っていて、目元は赤く、机の上にはミルクティーが置かれている。
文昭は彼女のストローを刺してやった。その手つきはあまりにも自然だ。
私はパソコンを置き、社員実績評価表をスクリーンに映した。
この3年間、会社の最大手のクライアントはすべて私が担当してきた。
海外研修の選考基準には、主要な仕事での実績が最優先だと明記されている。
文昭は咳払いを一つした。
「今年シンガポール研修に行くのは、営業部の白岩エレンだ」
会議室にたちまち小さなどよめきが広がった。
同僚の永野紗奈(ながの さな)が声を押し殺して呟いた。
「玉浦さんじゃないですか?」
私は立ち上がった。
「荻村社長、理由を教えてください」
文昭は私を見た。その目には、警告の色が浮かんでいる。
「会社が見ているのは、総合的な伸びしろだ。エレンは若い。外に出て、もっといろいろ見てくる必要がある」
「私の実績は、彼女の11倍です」
「明澄はもう企画部長だろ」
文昭の声が冷たくなった。
「自分ばかり考えるな。新人にも少しくらいチャンスをやってもいいんじゃないか」
79回目。
もう「大したことじゃない」と言うことすら面倒になったらしい。
エレンが立ち上がり、そっと文昭の袖をつまんだ。
「社長、もういいです。玉浦さん、すごく気にしているみたいですよ……みんなに誤解されたくありません」
文昭は彼女の手の甲を軽く叩いた。
「何も心配しなくていい。準備しておけ」
その瞬間、会議室中が静まり返った。
私は一枚の資料をスクリーンに映した。
「先月、白岩さんがH社との契約書の原本をなくしたせいで、会社は契約の結び直しが遅れました。1億6千万円程度の違約金が発生する恐れがあります。こんな社員が、どうして会社の貴重な海外研修の枠を得られるんですか?」
エレンの顔が青ざめた。
「玉浦さん……私、もう謝りましたよ」
文昭が低い声で言った。
「その件は俺が対応した」
「その対応というのは、私の部下に責任を押しつけたということですか?それとも、会社のお金で彼女の尻拭いをしたということですか?」
私は彼を見た。
「社長、公私の区別がついていないのは私ではありません」
彼は大股で私の前まで歩いてきて、声を落とした。
「俺を追い込むな」
「もう録音してあります」
彼の顔色が一変した。
私はスマホを持ち上げた。画面では録音がまだ続いている。
文昭は私をじっと見つめ、やがて冷笑した。
「こんなもので俺を脅せると思ってるのか?」
「思っていません」
私はパソコンを操作し、新しいファイルを作った。
5分後、プリンターから退職届が印刷されて出てきた。
私はその紙を文昭の前に置いた。
「ご確認ください」
文昭はタイトルを見て、ようやく目の色を変えた。
エレンが小さな声で言った。
「玉浦さん、そんなに急いで決めないでください。文昭だって会社のためを思って……」
私は振り返って彼女を見た。
「見放されないように頑張ってね」
彼女の顔が強張った。
文昭は退職届を手の中で握りしめた。
「辞めることで俺を脅して、決めたことを変えさせるつもりか?」
「違います」
私の声は冷静だ。
「研修枠は白岩さんにあげればいいんです。企画部長の座も。私はもう、あなたたちの芝居には付き合いません」
文昭は冷たい笑みを浮かべた。
「ここを出て、誰が明澄を認めると思うか?クライアントが認めてるのは荻村グループの企画部であって、明澄じゃない」
私はパソコンを閉じた。
「H社、A社、そしてL社の主要案件については、私が担当した内容を全部バックアップしてあります。競業避止とボーナスの精算については、私の弁護士から連絡させます」
文昭は私の手首をつかんだ。
「クライアントまで持っていくつもりか?」
私は彼の手を見下ろした。
「離してください」
彼は離さなかった。その指先が私の手首の骨に食い込み、痛みが走った。
「ここまでこじらせたら、収拾がつかなくなるのは明澄だぞ」
私は顔を上げた。
「社長、痛いです」
彼の動きが止まった。
私は自分の席に戻り、荷物をまとめた。
紗奈が後ろからついてきて、目を赤くしている。
「玉浦さん、本当に辞めるんですか?」
「うん」
「社長は絶対に、何日かしたら玉浦さんが戻ってくるって思っています」
私は社員証を外し、彼女の手のひらに置いた。
「それは、あの人がそう思ってるだけ」
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