みんな、さようなら第2話
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私は道端で三時間も待ち続けた。
昼から夕暮れへと移りゆくあいだ、海風は熱を失い、少しずつ冷たくなっていく。
空の光は次第に色を失い、私の影も薄れていった。
それでも、雅人からの連絡は、とうとう来なかった。
スマホのバッテリーが残り1%になったところで、私はしかたなくタクシーを拾い、家に戻った。
家に入って間もなく、奈美のSNSがまた更新された。
動画の中で、彼らは海辺に立ち、花火を見上げている。
雅人は美桜を抱き上げ、風に乱れた奈美の髪をそっと整えてやっていた。
彼らの背後の海は、幾重にも重なる金色の光でゆらめいている。
笑い声ははっきり聞こえるのに、どこか遠い――まるで別の世界から響いてくるようだ。
奈美のキャプションはこうだ。
【花火はきらめいて、ロマンチックな光がしあわせを連れてくる】
その瞬間、私は息が止まりそうになった。
あの花火は、本来、私が自分の誕生日のために用意したものだった。
流す曲だって、私が決めていた。
画面ではコメントが次々と流れる。
【幸せそうな三人家族】
【その子、雅人にそっくり】
奈美は返事をせず、例の笑顔のスタンプだけを残していた。
その動画の向こうから、誰かの声が聞こえる。
「雅人、晴香を迎えに行くんじゃなかったの?」
雅人の声は低くて、穏やかだった。
「少しくらい遅れても平気だよ。晴香は気が長いし、怒らないから」
その優しい口調で、私は完全に悟った――
彼は意地悪で私のことを無視したのじゃない。
ただ、私が許してしまうことに、あまりにも慣れきっているのだ。
私は画面を見つめ、指先でスマホの縁をそっとなぞる。
胸の奥がひやりと冷えて、痺れるような感覚が広がる。
彼の目には、私は決して怒らない人間に映っている。
いつでも分別があって、決して彼のもとを離れない人間に。
ソファにもたれ、過去の記憶がふっと脳裏をよぎる。
あの冬、雪は果てしなく降り続いていた。
私が体調を崩して休んだとき、彼は夜通し車を走らせ、薬を玄関まで届けてくれた。
彼は言った。
「覚えておいて。俺はいつだって、そばにいるから」
私は微笑んで返した。
「私たち、ただの友だちよ」
彼はしばらく黙ってから、静かに言った。
「じゃあ、俺は一生、君を待つ友だちでいるよ」
数か月後、私の誕生日に彼は告白した。
あの夜の花火は、今夜のと同じようにまぶしく輝いていた。
彼は私の手を握り、真剣な眼差しで言った。
「晴香、君と一緒に世界中の海を見てまわりたい」
私は信じていた。
海を見に行こうと言いだしたのは彼のほうで、だから彼はきっと覚えているはずだと、私は思っていた。
画面の中で花火がひとつ、またひとつと弾けるたび、私の心も、少しずつ砕けていく。
私はソファから立ち上がり、窓辺へ歩いた。
冷たい風が、かすかに潮の匂いを含んで部屋に流れ込む。
私はうつむき、指に光る指輪を見つめる。
それは、婚約披露宴の日に彼が自分の手で嵌めてくれたものだった。
「これからの人生、ずっと君を守りたい」と彼は言った。
私は、その言葉を信じていた。
けれど今の私は、彼からのひと言の気遣いさえ待ちきれない。
私は指輪を外し、引き出しのいちばん奥へしまう。心の中ではもう答えが出ている。
私が待ち望んでいたあの結婚式は、もう永遠に訪れない。
花火を眺めながらのディナーが終わったあと、彼らは近くのキャンプ場へも行ったらしい。
私の友人もそこにいたのだが、奈美が私のテントを使っていたことに腹を立てて、危うく口論になりかけた。
「それ、晴香のテントよ。何勝手に使ってるの?」
奈美は弱々しく言う。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。
ただ、こんな時間だし、私と美桜、行く場所がなくて……」
友人は冷ややかに笑って言う。
「行くところがないなら、自分の家に帰れば?なんでここに居座ってるの?」
奈美は言葉に詰まり、友人はもう我慢できず、彼女たちの荷物を外に放り出した。
このときになって、ようやく雅人は私のことを思い出す。
「晴香、ひとりであっちにいるんだよな。俺、迎えに行ったほうがいいかな?」
彼はため息をついて車の鍵を取りに向かうと、奈美がすぐに歩み寄り、やわらかな声で言う。
「雅人、私も一緒に行くね。
晴香に直接説明したほうがいいと思うの。そうすれば、少しは怒りもおさまるかもしれない」
奈美はそう言いながら、ついでのように雅人のシャツの襟を整えた。
雅人は少し迷ったように間を置いたが、結局うなずいた。
それから奈美は、ゆっくりと荷物をまとめ、子どもをなだめ、お菓子を探し……
ぐずぐずと、気づけば一時間が過ぎていた。
その間に、彼女はスマホを構え、笑顔で動画も撮った。
「これから親友を迎えに行くところ。晴香、怒ってないといいけど」
その動画が投稿されたとき、私も目にした。
画面の中の彼女は優しく笑っているが、目の奥には勝ち誇った色が揺れている。
私はメッセージ画面を開き、一行の文字を打ち込む。
【迎えに来なくていい。自分で家に帰ったから】
送信。
画面が暗くなる。
部屋の中は完全に静まり返った。
私は椅子の背にもたれ、目を閉じる。
胸の中の空白の部分が、ついに完全に崩れ落ちた。
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