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なぜ恋人の私があなたの旧知に我慢すべきなの?第2話

この話は約1625字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

深夜2時、ガラスが砕け散る激しい音で私は目を覚ました。

慌ててゲストルームへ駆け込むと、遥が裸足のまま、散らばる破片の真ん中に立ち尽くしていた。

その手には、父が遺した機械式の懐中時計が握られている。

文字盤のカバーガラスは割れ、秒針は完全に静止していた。

「ゆず、ごめんなさい」

遥は顔面を蒼白にしながら、私の手を掴もうとした。

「毛布を探そうと思って……クローゼットを開けたら、これが落ちてきちゃって」

私は遥の手から懐中時計をひったくった。

父が亡くなる前、この時計をしっかりと握りしめ、丸一日私を待ち続けていた。

しかし、蓮が突然の高熱で倒れたため、父の最期を、この目で看取ることすらできなかった。

それ以来、この懐中時計は、私が何人にも触れさせないと誓った唯一の宝物だった。

「ここは入っちゃだめって……あれほど言ったじゃない!」

叫んだ自分の声が、激しく震えていることに気づいた。

遥の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「わざとじゃないの……」

「出ていって」

「ゆず……」

「出ていってと言っているの!」

ドアを指さした私に怯えるように、遥は不意に後ずさりした。

遥は足の裏でガラスの破片を踏み抜き、痛みに顔を歪めてその場にへたり込んだ。

物音を聞きつけた蓮が、慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

血を目にした瞬間、蓮の顔色が変わり、私を素通りして遥を抱き上げた。

「どこを怪我した」

遥は彼の首にしがみつき、泣きながら首を振った。

「全部、私のせいにしてください……ゆずは何も悪くないの」

蓮は眉根を深く寄せ、遥の足を確認した。

かつて、私が料理中に手を切ったときも、蓮は同じように険しい顔をして私を病院へ連れて行ってくれた。

痛みに泣きじゃくる私に、彼は優しく涙を拭いながら囁いたものだ。

――いい子だから泣かないで。俺がいる。もう痛い思いはさせないから。

あのときと同じ、温かく、包み込むような声。

けれど今、蓮がなだめているのは、別の女だった。

「傷口を見るな。今すぐ病院へ連れて行く」

私を通り過ぎようとした瞬間、蓮はようやく私の手のひらに流れる血に目を留めた。

壊れた懐中時計の尖った金属片が、私の皮膚を切り裂いていた。

蓮の足が一瞬、止まった。

「救急箱がベッドサイドの引き出しにある。先に手当てをしておけ」

私は、蓮の腕に抱えている遥を見つめた。

「お父さんの時計が壊れた。もう、直らない」

遥を抱える蓮の腕が、一瞬だけ硬直した。

しかし、遥が痛みに小さく喘ぎ声を上げると、蓮の瞳に宿ったわずかな迷いは一瞬で消え去った。

「ただの時計だろ。同じものを手配させる」

「世界に同じものなんてない」

「なら、どうしろと言うんだ」

蓮の声が、急激に冷たく尖った。

「遥の足から血が出ているんだ。今すぐ彼女を放り出して、そんな、たかが壊れた時計一つのために、俺にここで一緒に泣けとでも言うのか!」

たかが壊れた時計。

私はうつむいた。手のひらから溢れた血が、生命線を伝って、静止した文字盤へとぽつりと滴り落ちる。

遥は蓮の胸に顔を埋め、消え入りそうな声で言った。

「蓮、ゆずのそばにいてあげて。病院には一人で行くから」

蓮は遥をしっかりと抱き直したまま、歩き出した。

「あいつはそこまでヤワじゃない」

バタンと、重苦しい音を立ててドアが閉まった。

ガラスの破片が散らばる部屋で、私はかつて父の時計を修理してくれた老職人に電話をかけた。

送った写真を見た老人は、長い沈黙のあと、重い口を開いた。

「天真が折れていますな。当時の純正部品はとっくに生産終了しており、もう直すことはできません。

柚羽お嬢ちゃん、お辛いでしょうが……時計が壊れても、お父様との絆まで消えるわけではありませんよ」

私はゆっくりと腰を落とし、破片を1つずつ箱に拾い集めた。

そのとき、スマホの画面が静かに灯った。

王立デザインカレッジからの、最終合格通知だった。

青白い液晶の光が、足元の惨状を冷ややかに照らし出す。

今度は、一瞬の迷いもなかった。

私は「承諾」のボタンをタップした。

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