たった10回の約束第3話
この話は約1705字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は何でも細かい。だから、朔が私を愛していないと分かっていても……
それでも頑なに、彼の後を追い続けた10年と引き換えに、あの馬鹿げた「10回の約束」を手に入れようとしていた。
でも、もう終わる。私も、もう馬鹿な真似はしない。
涙を拭い、私はそのままソファに横になってスマホをいじり続ける。
ただ、画面が古いせいなのか、見ているうちに視界が何度もぼやけてしまう。
少し考えてから、私は体を起こし、もう一度恩師に電話をかける。
「先生、審査、もう少し早めてもらえませんか?私、もう待つのはちょっと……」
恩師は眉をひそめる。私がそんなことを言い出したのが、意外だったらしい。
「どうして急ぐんだ?朔さんと、ちゃんと別れを告げるつもりはないのか?
君はあの子を追いかけるために、国からの誘いを何度も断ったんだ。それどころか、自分の研究成果まで風間グループに無償で提供した。今になって何も言わずに去って、本当に後悔しないのか?」
私は目を伏せた。視線の先には、7年間、一人で愛し続けてきた結婚指輪がある。けれど、迷いは一切ない。
「後悔しません」
恩師は黙り込む。そして、ようやくそれ以上は何も言わなくなる。
しばらくしてから、はっきりと答えてくれる。
「審査は今夜中に通す。明後日の朝、迎えに行く」
その言葉が終わった瞬間、背後から、少し掠れた朔の声が聞こえる。
「誰が迎えに来るって?」
振り返ると、朔が紙袋を提げて立っている。その目には、困惑の色が浮かぶ。
私は電話を切り、何事もなかったように振り返る。
「何でもないよ。先生と、機密任務のことを少し話してただけ」
朔の顔色が変わる。ほとんど反射的に、私の目の前まで駆け寄ってくる。
「機密任務って何だ?これからもずっと俺のそばにいるって言っただろ?俺は、お前が行くなんて許さない」
私は二歩ほど後ずさり、適当に答える。
「ちょっと興味があって聞いてみただけ。別に、大したことじゃないよ」
それを聞いて、ようやく朔は落ち着きを取り戻す。そして、手にしていた紙袋を私へ差し出す。
少しだけ得意げな顔をしている。
「この前のブレスレットは数に入らない。別のものをもう一つ買ってきた」
その袋を開けた瞬間、私は息を止める。私が一番好きだったケーキ屋のものだ。
子供の頃、母に会いたくて寂しくなるたび、朔はいつもこの店へ走って、私のためにケーキを買ってきてくれた。
ケーキ職人が有名で、買いに行くたびに2時間も並ばなければならない。
それでも朔は、私を元気づけるためなら、雨の日も風の日も関係なかった。私が「食べたい」と一言言えば、必ず自分で店まで行って、列に並んでくれた。
ときには、そんな朔があまりにも疲れているのが可哀想で、私は目を赤くしながら尋ねたこともある。
「どうして、そこまで私に優しくしてくれるの?」
朔は眉をひそめ、まるで私にはどうしようもないと言いたげな顔をした。
「梨々香が泣き虫だからだろ。ほら、ケーキ食べたら、もう悲しむな」
昔のことを思い出して、鼻の奥がツンとする。
私は何でもないふりをして中の箱を開け、ケーキを一口、口へ運ぶ。
次の瞬間、私はその場で固まる。
メロン味のクリームだった。
私は、メロンアレルギーだ。
喉がみるみる腫れ上がり、呼吸まで苦しくなっていく。
私はソファに崩れ落ち、必死に手を伸ばして、朔に病院へ連れて行ってもらおうとする。
そのとき、タイミング悪く、結奈から電話がかかってくる。
「朔、家が水漏れしてるの。床がびしょびしょで……汚れるのが怖くて、私じゃ何もできない。お願い、早く来て……」
朔は一瞬固まる。けれど、すぐに心配そうな声で答える。
「分かった。待っててね。すぐ行くから」
私は愕然とする。苦しみながら、必死に朔の手をつかむ。
「先に……病院へ……私、メロンアレルギーなの……このままだと、死ぬ……」
「パシッ!」
朔は私の手を振り払う。整った顔立ちが、初めて他人のように冷たく見える。
「ふざけるなよ。アレルギーなんて、よくそんな嘘をつけるな。
結奈が困ってるんだ。俺は、行かなきゃいけない」
そう言いながら、朔は私を押しのけ、外へ駆け出していく。
玄関を出た瞬間、私は掠れた声で、必死に朔を呼び止める。
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