たった10回の約束第1話
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私――小倉梨々香(おぐら りりか)は雲の城でいちばん有名な「尽くし系」だ。
風間朔(かざま さく)の後ろを追いかけること、丸10年。
いちばんひどいときなんて、彼に人前で「犬かよ」と罵られても、私は反射的に「ワンワン」と二度鳴いてみせた。
そして、ついに私は彼の隣に立つことができた。
最初は私なんて眼中になかった朔も、やがて呆れたように私を受け入れ、最後には私と結婚してくれた。
結婚式で私を見る朔の瞳には、小さな星が浮かんでいるようだった。
その夜、私は彼に無理やり指切りをさせた。
「梨々香は、10年間ずっと朔を追いかけてきた。だからこれからは――朔が梨々香を裏切っていいのも、10回まで。
10回使い切ったら、梨々香は絶対に、何の未練もなく朔のもとを去ること」
朔は笑いながら、私の小指に自分の小指を絡めた。
結婚して7年目、朔の初恋の相手――野原結奈(のはら ゆいな)が帰ってきた。
結奈が帰国したその日、朔は泥酔するまで酒を飲み、何度も何度も「結奈……」と彼女の名前を呼び続けている。
私は慌てた。そして朔の肩をつかみ、昔の「10回の約束」を何度も繰り返した。
「いい?もし私と結奈のどちらかを選ぶことになって、10回結奈を選んだら、その瞬間、私は朔と離婚するから」
1回目。朔は、たいして気にした様子もなかった。
「あと9回も残ってるだろ」
そして、2回目、3回目……
9回目の時、ようやく朔の顔から余裕が消えた。彼は私の手をつかみ、何度も確かめた。
「梨々香、俺と離婚しないよな?」
私は静かに彼を見つめた。そして最後には、うなずいた。
それを見て、朔はようやく安心した。
だから、彼は迷いなく、最後の10回目を使った。
そして私は振り返る間もなく、国の機密機関に入っていった。
門が閉ざされた瞬間、そこから先の私たちの人生は、もう別々のものになった。
* * *
機密任務への参加申請を提出し終えたところで、朔も家に帰ってきた。
今回は前よりも慎重だったのか、体に残っている香水の匂いはかなり薄い。ただ、男というのは本当にこういうところが抜けている。
シャツの襟元に、鮮やかな赤い口紅の跡が半分残っていることを、すっかり忘れている。
朔は優しげな笑みを浮かべ、スマホを手に、向こうにいる相手へボイスメッセージを送っている。
【今帰ったよ。いい子にして、ちゃんと言うこと聞いてよ】
ところが、振り返って私の姿を見た瞬間、朔の表情は冷たくなり、声からもさっきまでの温度が消える。
「まだ寝てなかったのか?」
私は答えず、テレビの音量を最大まで上げる。
高画質の画面には、十数人の記者に取り囲まれた私が映っている。真っ黒なマイクが、まるで私を飲み込もうとしているようだった。
「奥さん、昨日のニュースをご覧になりましたか?風間社長が、今売り出し中の女優・野原結奈さんと不倫しているという噂は本当ですか?」
「昨夜撮影された写真についてもお聞きします。風間社長と野原さんが駐車場でキスしている写真が出ていますが、何かコメントをいただけますか?」
……
昨日、朔と結奈がホテルへ一緒に出入りする動画が、ネットで大きな話題になった。
動画の中で、結奈は清楚な服装をして、一方の手には花束を持ち、もう一方の手は朔と指を絡めてしっかりつないでいた。
その姿は、誰が見ても仲睦まじい恋人同士だった。
けれど朔は、手をつなぐのが嫌いだったはずだ。
昔、私は人前で何度も彼に手を振りほどかれ、そのたびに眉をひそめながら言われた。
「風間家の奥さんなら、もう少し慎ましくしてくれ。人前で、みっともない真似をするな」
朔は花も嫌っていた。あんなものは一番安っぽい贈り物だ、と。
結婚して7年、私は花びら一枚すらもらったことがない。
それなのに結奈は、朔の腕にぶら下がるように甘え、薔薇の花が朔の顔に当たっても、彼は怒るどころか気にも留めない。
結婚指輪だってそうだった。私は5年間、何度頼んでも朔に指輪をつけてもらえなかった。
なのに動画の中では、大きな手と小さな手がしっかりと指を絡め合い、二人の薬指には、お揃いのペアリングがきらきらと輝いていた。
まるで、私の結婚生活を嘲笑うかのように。
私はようやく分かる。朔は、手をつなぐのが嫌いだったわけじゃない。花が嫌いだったわけでもない。ましてや、本当に指輪が嫌いだったわけでもない。
ただ――相手が、私だったから。私が彼に求めたから。
彼は、私を愛していない。
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