さよなら、私の命を救った裏切り者第2話
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数秒の沈黙の後、司朗は不快そうに眉をひそめ、冷え切った声を絞り出した。
「琉叶、何の真似だ。ふざけるのもいい加減にしろ。
たかがヘアゴム一つで、そこまで目くじらを立てるのか?
いいから指輪を戻せ。結婚指輪まで投げ出すなんて……本当に俺と別れたいみたいだな」
「ええ。その通り。もう、あなたとはやっていけないわ」
淡々と返したものの、急激に目頭が熱くなるのがわかった。掌に爪を深く食い込ませても、痛みを感じないほど心はすでに麻痺していた。
司朗は暗い眼差しで私を射抜き、唇を固く結んでいる。彼が激昂しているのは明白だった。
以前の私なら、彼の不機嫌を察して、どうにか機嫌を取ろうと必死になっただろう。けれど今の私には、もうそんな余裕はどこにも残っていない。
私だって、誰かに縋って、慰めてほしいくらいなのだ。
最悪な雰囲気になった今回の親睦会を、私は途中で切り上げた。
後から同僚に聞いた話では、私が去った後の司朗はずっと不機嫌なままで、結局、旅の行程をすべて放り出して途中で引き揚げてしまったらしい。もちろん、佳雪も彼に付き添って。
ただ、司朗は社員たちに三日間の特別休暇を言い渡し、レジャー費用もすべて会社負担にするという大盤振る舞いをしたそうだ。
深夜、司朗が帰宅した。
彼は私の拒絶を無視し、力任せに指輪を私の指へとねじ込んだ。思わず痛みに声を上げると、彼はようやくその手の力を抜いた。
「琉叶、佳雪とは本当に何でもないんだ。ただの友達だよ。
俺たちがどれほどの苦難を共にしてきたか、分かっているだろう?愛しているのは君だけだ、それだけは信じてくれ。なのに俺は、身近に異性の友人を一人置くことさえ許されないのか?」
彼の瞳に、湿っぽい優しさと苦渋の色が浮かぶ。私の指先にそっと唇を落とすと、彼は力なく微笑んだ。
「琉叶……なあ、もう一度、子供を作らないか」
子供?
もし三年前、司朗がライバル企業に拉致されなかったら。もし私が不安に駆られて飛び出したりせず、家で大人しく彼の帰りを待っていられたなら。今頃、私たちの子供は二歳になっていたはずだ。
けれどその子は、産声を上げる前に、冷たい闇の中へと消えてしまった。
私は視線を落とし、彼に抱かれるがまま、耳元で語られる空虚な「未来予想図」を聞き流していた。
「二人産もう。男の子と女の子だ。俺たちが受けられなかった愛を、余すことなくその子たちに注ぐんだ。
琉叶。俺たちの子供には、絶対に俺たちのような孤児の寂しい思いはさせない」
私は自嘲気味に口角を上げた。視界は涙でぼやけ、唇から虚ろな問いが漏れる。「……じゃあ、佳雪のお腹にいる子はどうするの?」
司朗の全身が強張った。彼はよろめくように後ずさり、私の腕を掴んでいた手には、骨が軋むほどの力がこもる。
彼の瞳は、驚愕と狼狽で激しく揺れている。
私はスマホを操作し、数時間前に佳雪から届いていたメッセージを表示させた。画面に浮かび上がったのは、一枚のエコー写真の画像。
挑発的な言葉も、罵詈雑言もない。ただ、写真が送られてきただけ。
その写真は、残酷なまでの真実を突きつけていた。
司朗は心も体も、もう救いようがないほど汚れきってしまったのだ。
「司朗、答えて。彼女の子供はどうするつもり?」
彼は唇を噛み締め、充血した目で私を見つめたまま、一言も発することができなかった。
私は深く息を吐き出すと、バッグから一本の煙草を取り出し、火をつけた。
肺を充たす重苦しいニコチンの香りが、高ぶる神経を少しずつ麻痺させ、静めていく。
立ち昇る紫煙の向こうで、司朗が不快そうに眉を寄せた。
「……いつから、煙草なんて吸うようになったんだ」
その問いには答えず、熟考の末、私は一つの決断を下した。
「司朗、私たち、別れましょう。離婚してちょうだい」
リビングは、針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれた。
霞んだ目のせいで、司朗がどんな表情をしているのか、よく見えない。
ふと、何かを思い出したように、私は自分の額を軽く叩いた。
「……あら、忘れていた。私たち、そもそも籍を入れていなかったわね。
なら話は早いわ。会社にある私の持ち株はすべて現金化して返してちょうだい。その他の財産も、しかるべき割合できっちり分けましょう。
二十年以上もあなたに尽くしてきたんだもの。まさか、これっぽっちの権利さえ惜しむなんて言わないわよね」
「琉叶!」
司朗の氷のように冷徹な声が響き渡った。その顔は、憎しみさえ孕んだような陰鬱さに満ちていた。
「……自分が何を言っているのか、分かっているのか?
二十年だぞ。二十年もの間、俺たちが積み上げてきた月日を、君はそんなにいとも簡単に捨て去るつもりか!
俺は君のためなら、いつだって何だって投げ出してきた。どうして君は俺のためにもう少し寛大になれないんだ?
たかが佳雪一人のことで、いつまでそんな子供じみた真似を続けるつもりだ!」
彼にとって、佳雪の存在は、二十年の歳月を天秤にかけるまでもない「些細なこと」に過ぎなかったのだ。
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