さよならの記念日第2話
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鼻で笑った。あいつの開き直りが、ただ滑稽だった。
終わりなら終わりでいい。今度こそ、追いすがらない。
迷いなく一言だけ返した。「了解」
そのあとスマホの画面を落とし、パソコンを開いて単身用の部屋を探し始めた。電話の向こうで彼が焦って喚いていようが、もう知ったことじゃない。
あいつはきっと、私に少しでも逃げ道を用意してやれば、どうせまた私が振り向いて許すと――そう思っていたのだ。
でも、もう疲れた。
初恋の相手である美月が白見原に戻ってきてからというもの、玲央のスマホは気まぐれに鳴るようになった。指先を少し切っただの、犬が変なものを食べただの、生理が来たのにナプキンがないだの――そんな些細なことまで理由にして、彼を呼び出す。
腹が立って、私は玲央の袖をつかみ、詰め寄った。「まだ、美月のことが忘れられないの?」
玲央は冷たく振りほどき、鼻で笑った。「心が汚れてるやつは、何を見ても汚く見えるんだよ」
それから、私たちは美月のことで口論することが増えた。玲央は口では「もう次は行かねえ」と言うのに――
美月から着信が鳴った瞬間、誰よりも早く飛び出していく。戻ってきてはうつむいて謝り、私は見て見ぬふりをしながら、毎日自分に言い聞かせた。
玲央は私を愛してる。
愛してる、愛してる……
でも、本当は――愛してなんていない。
会社に着いた途端、息つく暇もなく仕事に追われ、受付の子に「おやつが届いてます」と呼ばれて向かったとき、すっと伸びた背中が視界に入った。
玲央は昔から顔がいい。陽だまりみたいな笑顔に、高い背。街を歩けば自然と視線を集める人で、私もあっさりスーツ姿の彼に惹かれてしまった。
前なら、迷わず飛びついて抱きついていたはずだ。
でも今は、踏み出しかけた足がその場で凍りついた。
玲央は笑って大股で近づいてくる。「悠斗が新婚旅行から戻ってさ。友だちに奢るって言ってる。行こうぜ」
まるで、昨日のことなんて最初からなかったみたいな顔で。
私は視線を落とし、少し間を置いてから答えた。「……うん」
退勤すると、玲央は車の後部座席のドアを開けて合図した。胸がざわつき、私は単刀直入に聞く。「助手席……誰か、乗るの?」
切れ長の目がわずかに揺れる。「美月はさ、他人に自分の席に座られるの、嫌いなんだ」
私は何も言わず、口元だけで笑った。
そのまま後部座席に乗り込み、二度と口を開かなかった。
ぼんやりと視線をさまよわせる。玲央は典型的な無骨な男で、身の回りにピンクだのキャラ物だの、まず置かないタイプだった。
それなのに今は、車内のあちこちにピンクのクッションやティッシュケースが転がっている。
見れば、どれも美月のものだった。
唇が無意識に強張る。私は前の座席――玲央の背中だけを、じっと見つめた。
しばらくして、そっと目を閉じる。
個室に着くと、ほかの連中はもう揃っていた。美月は玲央を見るなり嬉しそうに飛びつき、拗ねた甘い声で言う。「遅いじゃん。なんで?」
玲央が答える前に、私は悠斗に軽く頭を下げて笑った。「渋滞で。遅くなってごめんね」
悠斗と玲央は十年以上の付き合いだ。責めるどころか、二人まとめてさっさと席に引っ張ろうとする。
横では、美月が名残惜しそうに、いつまでも玲央の手を離さない。
それを見て悠斗が笑った。「じゃあ、お前らは並んで座れよ」そう言って、嫁さんに私を別のテーブルへ連れていかせる。
まるであの二人が恋人で、私はただの余所者みたいだった。
前なら、私は鈍くて何も気づかず、「悪気はないんだ」と思い込んでいた。でも今ならわかる。最初から、私を輪に入れる気なんてなかったのだ。
それなのに私は、必死で取り入ろうとして、贈り物だの食事だのと気を遣ってきた。裏では、どんな顔で笑われていたのだろう。
……本当に、馬鹿みたい。
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