さよならの記念日第1話
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私は白石日和(しらいし ひより)。来月には結婚するはずだった恋人・神崎玲央(かんざき れお)が、記念日の夜に初恋の相手・橘美月(たちばな みつき)を連れてバーでラブソングを歌っていた。
その場でキスして抱き合うところまで友だちに撮られて、動画はインスタのプロフィールにピン留め。
コメント欄は「付き合っちゃえ」で溢れ返る。
面白がり屋の一人が、わざわざ私の前で言った。「あの二人、もうくっつくぞ」
私は冷たく一瞥して返す。「誰とくっつこうが、あんたに関係ないでしょ?」
* * *
私は白石日和(しらいし ひより)。来月には結婚するはずだった恋人・神崎玲央(かんざき れお)が、記念日の夜に初恋の相手・橘美月(たちばな みつき)を連れてバーでラブソングを歌っていた。
その場でキスして抱き合うところまで友だちに撮られて、動画はインスタのプロフィールにピン留め。
コメント欄は「付き合っちゃえ」で溢れ返る。
面白がり屋の一人が、わざわざ私の前で言った。「あの二人、もうくっつくぞ」
私は冷たく一瞥して返す。「誰とくっつこうが、あんたに関係ないでしょ?」
適当に返事したものの、胸中はざわついて落ち着かなかった。
「君を愛してる、その何割……」動画の歌声が途切れず流れてきて、言葉の一つ一つが刃みたいに胸へ刺さる。
今日は玲央と付き合って五年の記念日だ。今夜は全部断って私と過ごすって言ったから、いちばん好きな店を予約して朝からずっと待っていたのに、夕方になって「会議で残業」と電話してきた……
ただ、時計ばかり見ながら、ひたすら待つしかなかった。
そして届いたのは、美月とバーで寄り添いながら、ラブソングを口ずさむ彼の姿だった。歌など歌わないはずの玲央が、美月を見つめるその目は、私の知らないほど、やさしかった。
忘れたのかな。恋人は、私のほうなのに。
でも私は、そんなふうに扱われたことが一度もない。友だちが囃し立てて「日和のために一曲!」なんて言っても、「音痴だから」で全部かわして、最後には「お前が気を回さないから、俺の立場が悪くなるんだ」とまで言う。
音痴じゃない。
ただ、歌いたくないだけ。
薄く笑って、赤ワインをもう一口含む。いつもなら好きなはずの舌触りが、今夜は甘苦い渋みだけを残して、苦さばかりが濃くなる。
胸の奥で燻っていた苛立ちが、どろりとした火になって、理性を焼き尽くした。
私はスマホを掴み、そのまま発信する。
「……何?」受話器の向こうの玲央は、かすれていて、どこか面倒そうだった。
その奥に、美月の笑い声と、周りの「飲めよ!」がはっきり混じる。私は口の中の苦みを飲み下した。
息を整えて、二秒だけ間を置いてから聞く。
「……今晩は、帰ってくるの?」
「忙しいって言っただろ。なんでまた聞くんだよ」声が跳ね上がる。私のほうが悪いみたいな言い方だった。
胸がきゅっと縮んで、急にどうでもよくなった。
「じゃあ、仕事して」
私の声が冷えすぎたのか、玲央はすぐに違和感に気づいた。
いら立ちを押し込めて言う。「どうしたんだよ。何を拗ねてんだ。あとでちゃんと埋め合わせするって言っただろ」
私は鼻で笑い、わざと声を張り上げた。「友だちにでも聞いてみなよ。あんた、インスタじゃ結構な有名人なんだから」
言い終える前に通話を切り、連絡先を削除してそのままブロックする。
胸の奥に渦巻く苛立ちを抱えたままタクシーで戻ると、部屋は真っ暗だった。
灯りをつけても、そこに広がるのはがらんとした空間だけ。
眉をひそめてこの新居を見渡した瞬間、結婚なんてしなくていい――そんな思いが胸をよぎった。花婿が外で遊び歩いているのに、どうして私が必死で繋ぎ止めなきゃいけないの?
窓辺には、あの頃丹精を込めて集めた小物たちが並んでいる。今となっては、どれもみんな滑稽な思い出だ。
笑っているうちに、目の縁がじんわりと熱くなった。
しばらくしてから目をこすり、バッグを放り出して袖をまくる。自分で買ったものはすべてゴミ袋へ。服も日用品も、一つずつスーツケースに詰め込んだ。
窓辺に飾っていたツーショットの写真まで叩き割り、粉々のまま捨てる。
だいたい片づいたところでスーツケースを引きずり、私はそのままホテルに転がり込んだ。
住む場所なんて、あとでゆっくり探せばいい。
――卒業した頃は、自分でワンルームを買って住むつもりだった。それなのに玲央は突然、「どうせ結婚するんだし、今は相場も下がってる。二人で金を出し合って新居を買おう」なんて言い出した。
言葉の端々に「結婚」の匂いが漂っていて、私は舞い上がり、頭がふわっとしたまま頷いてしまった。
鍵を受け取ってから一緒に住み始めたけれど、よく考えれば、玲央は一度だってちゃんとプロポーズしていない。私が勝手に夢を見て、勝手に寄りかかっただけだ。
……馬鹿にされるのも、当然だよね。
翌朝、目を開けた瞬間に、知らない番号から着信が入った。受話器の向こうから吐き捨てるような声が響く。
「これ以上ゴネるなら、俺たち、終わりだぞ」
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