さようならボス、その遅すぎた愛に興味はないの第2話
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屋敷に戻ると、私は重厚なオーク材の扉を押し開けた。すると暖炉の上に飾られた、結婚式の写真が目に飛び込んできた。
写真の中のジュリアンは、無垢な笑みを浮かべ、鼻先を私のこめかみに寄せている。
私たちが一番幸せだった頃の姿だった。
ジュリアンと私は、二人とも孤児院で育った。
私が17歳のとき、借金のかたに、院長は私を凶悪な年老いたマフィアの男と結婚させようとした。
そのとき、私の手を掴み、高いレンガ塀を乗り越えて逃がしてくれたのがジュリアンだった。
私たちはそのまま一気に港の船着き場まで逃げた。
背後から院長は怒鳴り声を浴びせてきた。
「ジュリアン・マルケッティ!そこまで大口を叩くなら、一生かけてあの娘を守ってみな!」
ジュリアンは振り返った。
その目には、決意が宿っていた。
「だったら、俺の命に代えてでも守ってやるよ!」
彼は地下闘技場で稼いだわずかな金で地下室のアパートを借り、その後はファミリーのために街でみかじめ料を集めるようになった。
「一人前になったら、こんなところからお前を連れ出してやる。もう誰にもお前に手出しさせない」
街に出て最初の3年間、ジュリアンは縄張り争いのために命を懸けて戦い、何度も死にかけた。
銃を抜いて銃撃戦へ向かうたび、彼は必ず私の写真を服の胸ポケットに大切にしまっていた。
私はファミリーが経営するコインランドリーで帳簿をつけながら、一銭たりとも無駄にせず、少しずつ金を貯めていた。
一番苦しかったクリスマスには、二人ともポケットをひっくり返しても小銭しか出てこなかった。
結局、一枚の冷めたピザを二人で分けて、どうにかクリスマスをやり過ごした。
それからジュリアンは、容赦のなさだけを武器に、一歩ずつ組織の中で地位を上げていった。
その一方で、私は彼のために先を読み、裏方として段取りを整え、組織の実務を取り仕切るようになった。
カビ臭い地下室を出て高級ペントハウスへ移り、最後には絶対的な権力の象徴でもある丘の上の邸宅へと、私たちは住む場所を変えていった。
ジュリアンの権力が広がるにつれ、彼の周りに集まる「取引相手」たちも、次第に派手になっていった。
そしてある日、私は彼のシャツの襟の内側に、口紅の跡を見つけた。
私なら絶対に選ばないような、鮮やかで目立つ色だった。
「カジノに新しい踊り子が入ったんだ。そいつが転んだから、起こした時についたものだろう」
ジュリアンは苛立ったように蝶ネクタイを緩めた。
「セラフィーナ、お前だってこの仕事を理解してるだろ。いちいち疑って、嫉妬深い妻みたいに振る舞うのはやめられないのか?」
「私がジュリアンを信じていれば、ジュリアンは私に誠実でいてくれるの?」
私は彼をまっすぐ見つめた。
「私たち......永遠に一緒だって誓ったでしょう?どうしてそんなことをするの?」
その日を境に、私たちは終わりの見えない言い争いと冷戦を繰り返すようになった。
私は彼の通話履歴を調べ、行動予定まで把握した。
港の視察に行くと言っていた夜でさえ、私はこっそり車を走らせ、倉庫の前で彼が出てくるのを待った。
追い詰められたジュリアンは、とうとう取り繕うことすらやめた。
女は一人、また一人と入れ替わっていった。
一番ひどかった頃には、私にわざと見せつけるようにシャツのボタンを外し、背中に幾重にも残った引っかき傷を隠そうともしなかった。
「調べ終わったか?」
彼は嘲るように笑った。
「証拠が欲しかったんだろ?ほら、ここにある」
私は、自分でも手に負えないほど狂ってしまったような気がした。
理性では、もう手放せと何度も叫んでいる。
それでも、私はその場から一歩も動けなかった。
10年以上の年月を共にしてきた。
ジュリアンと私は、とっくに互いの骨にまで自分自身を織り込んでしまっていた。
引き裂こうとすれば、耐え難い苦痛が伴う。
けれど、このまま一緒にいれば、いずれ互いを壊してしまう。
1年前、ジュリアンは突然「落ち着いた」。
それまで周りにいた女たちをすべて切り捨て、ただ一人、ミアというカジノの踊り子だけを残した。
私は人を使って彼女の身元を調べさせた。
そして写真を見た瞬間、思わず笑いそうになった。
そこに写っていた顔は、17歳の頃の私と瓜二つだった。
あの頃の私は、彼と永遠に一緒にいられると、まだ信じていた。
その頃、私は妊娠8か月で、出産予定日も間近に迫っていた。
そんなある日、屋敷が襲撃された。
そこで私は、ジュリアンがミアを守るためだけに、自分の最も優秀な部下たちを別の場所へ回していたことを知った。
私はどうにか生き延びた。
けれど、その衝撃で早産になった。
生まれてきた我が子はあまりにも弱く、保育器の中で3日間、苦しみながら必死に生きようとした末に、息を引き取った。
そのとき、私はようやく理解した。
ジュリアンは本物の私より、安っぽい偽物のほうを愛することを選んだのだ。
葬儀を終えた夜、絶望のあまり、私は睡眠薬を一瓶丸ごと飲み込んだ。
ジュリアンが寝室のドアを蹴破って入ってきたとき、その身体は震えが止まらないほど動揺していた。
彼は私を抱き上げ、そのまま病院へ駆け込んだ。
血走った目で、彼は必死に叫んだ。
「セラフィーナ!死ぬな!もう一度やり直そう......!誓うよ。これからはお前だけだって。あの女には二度と会わないから!」
ストレッチャーに横たわった私は、ただ虚ろな気持ちで天井を見つめていた。
泣くことすらできないほど、疲れ果てていた。
そして、まさにその日。
サン・セラーノの古参コンシリエーレであるヴィットリオが、ある人物に一通の極秘の手紙と、黄ばんだ古い書類を持たせて私のもとへ送ってきた。
「セラフィーナ様。委員会が20年前の五大ファミリーによる血なまぐさい抗争について、記録を改めて調査いたしました。この書類に記されている二人が、セラフィーナ様の実のご両親です」
私は書類を強く握りしめた。
指の関節が白くなるほどに。
そのとき初めて知った。
私の父、エリアス・ヴィターレは、かつて裏社会で最も尊敬されていたコンシリエーレだった。
たった一人で五大ファミリーの抗争をまとめ上げ、20年にわたる休戦を成立させた男だった。
私は極秘の手紙を燃やした。
そして、軽い足取りで窓辺へ歩いていった。
庭を見下ろすと、ジュリアンがミアを腕の中に抱いていた。
「ごめんな、ミア。彼女は今、子供を亡くしたばかりで精神的に不安定なんだ。今はまだ置いていけない。もう少しだけ時間をくれ。あいつが落ち着いたら、必ずお前とのことを何とかするから」
二人は熱烈に口づけを交わし、離れようともしなかった。
まるで運命に引き裂かれた、悲劇の恋人たちのようだった。
その瞬間、胸の奥で繋がっていた最後の糸が、プツリと切れた。
あまりにも鋭い痛みに、私は声すら出せなかった。
病院のベッドで迎えた7日目。
私の中を、覚悟が満たしていった。
私はジュリアンのもとを去る。
この腐れ縁を、今度こそ自分の手で断ち切る。
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