これが、妻が選んだ家族か第2話
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彼女は取り繕うように、そっけなく言った。
「明日はあなたの誕生日でしょう。
お祝いの席を用意するわ。
それから、お母さんが子どもの面倒を見るために帰国するって言ってたの。
子どもを見てくれる人がいれば、私も安心できるし」
――安心できる、か。
恒一と一緒に海外旅行へ行って、何か月も戻らずにいられるからだろう。
けれど彼女は知らない。ずっと海外で穏やかな老後を過ごしていた両親が、なぜ急に帰国することになったのかを。
そして、自分が僕にしてきた人でなしの仕打ちを、両親がすべて知っていることも。
僕は冷たく笑ったが、反対はしなかった。
義母に帰国を頼んだのは、僕だ。
今の自分ひとりでは、文香の手のひらから逃げ出すことなど到底できないと、分かっていたからだ。
僕が何も言わないのを見て、彼女はどこか愛情のこもった目で僕を見つめた。
「直哉、私はあなたを愛してるわ。
恒一のことが落ち着いたら、必ずあなたのところへ戻るわ」
そんな言葉は、僕は一ミリも信じてない。
たとえ今この瞬間、彼女が本気でそう思っていたとしても。
恒一がひと言口にすれば、彼女は僕への約束など何のためらいもなく捨てるだろう。
だから、もう二度と彼女の言葉を信じることはない。
あと三日。
そうすれば彼女は、ようやく僕から完全に自由になり、何の気兼ねもなく、恒一の子の母親として生きていけるのだろう。
その夜、文香は家に帰ってこなかった。
恒一が、子どもが少し風邪気味だと言っただけで、彼女はすぐに理由をつけて会いに行ったのだ。
四年の交際を経て結婚して三年。
僕はずっと、文香は自分を愛しているのだと思っていた。
けれど恒一が帰って、彼女が別の子どもに惜しみない愛情を注ぐようになってから、まるで何もかもが一変してしまった。
かつては少なくとも僕を愛していたはずの妻が、今では心を奪われたように、別の男のために尽くしている。
僕は陽の差さない檻のようなこの家に閉じ込められたまま、少しずつ、彼女への愛を削り取られていった。
失望は積もり積もって、やがて何も残らなくなった。
だからもう、離れるべき時なのだ。
翌日の誕生日の席には、一緒に行くと文香は電話で言っていた。
だが、いざ家を出ると、門の前にいたのはボディガードの車だけだった。
「直哉(なおや)、こっちで少し片づけなきゃいけないことがあるの。
先に行っていて。私もあとで向かうから」
もともと期待などしていなかった。ならば、失望する理由もない。
真冬の風が鎌のように頬を切りつけていく。それでも、痛みは少しも感じなかった。
文香への気持ちも同じだ。
失望が絶望に変わったその先では、もはやどんな傷も、僕を痛めることはできなくなった。
車はひとつのクラブの前で止まった。
僕は眉をひそめたが、それでも車を降りた。
ボディガードに先導されて個室へ入る。
だが、そこにいる人間に見覚えはひとりもなかった。
向けられる視線はどれも異様で、まるで僕の内側まで見透かそうとするようだった。
その奥にあるのは、あからさまな嘲りと軽蔑。
まるで僕が汚らわしいものにでもなったかのように、皆、遠巻きにこちらを見ていた。
「浮気しておいて、まだ文香に誕生日まで祝ってもらう気なの?」
「文香も気の毒よね。外でつくった子まで押しつけられて」
「文香も、こんな男のどこがよかったのかしら。高橋さんの足元にも及ばないのに」
わざと聞かせるような声量だった。
これが、文香のやり方だ。
恒一の子に母親がいないままなのを、彼女は見ていられない。
そのくせ、僕と子どもが彼らのせいで受けてきた傷が、恒一の何倍、何十倍にもなることには、思い至りもしない。
自分ひとりなら耐えられる。
だが、自分の子どもがこんなふうに大勢から指をさされることだけは、どうしても耐えられなかった。
僕は立ち上がり、この場を去ろうとした。
どうせこの誕生日の席に、居場所など最初からなかったのだ。
だが、個室の扉を開けた瞬間――
そこには文香と恒一が立っていた。
ひとりは後ろめたさに目をそらし、もうひとりは、思惑どおりにことが運んだとでも言いたげに笑っていた。
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