これからは、自分に花束を第3話
この話は約2149字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
前世の時も、静香はそう言って、結婚をずっと先延ばしにしていた。
静香が承諾しない限り、勳は絶対に自分と結婚しないんだ。
そこまで考えて、菫は自嘲気味に笑った。
「いいわ。それで構わない」
断る理由なんてない。どうせ、彼らはもう結婚することなんてないんだから。
菫は箸を置くと、「ごちそうさま」と言った。
そして振り返りもせず、まっすぐ二階の自分の部屋へと上がっていった。
どこか決意を秘めた後ろ姿を見つめ、勳は初めて、菫が変わったような気がした。
どこがどう、とはっきり言えるわけではない。でも、今までの彼女とは明らかに違っていた。
それからの日々、結婚式は無期限延期になったから、二人は式の準備をする必要もなくなった。
勳には、静香と旅行に行く時間がたっぷりとできた。静香は、わざわざ両親と仁も誘ったけど、「貧血気味だからゆっくり休んでね」なんて、もっともらしい理由をつけて、菫だけは誘わなかった。
そうよね、あの四人こそが仲睦まじい「本当の家族」なんだから。
もし自分が行けば、邪魔者にしかならない。わざわざ嫌な思いをする必要もない。
静香は旅行の「楽しさ」をおすそ分けするつもりなのか、行く先々で撮った集合写真を、わざわざ菫に送ってきた。
絵に描いたように美しい景色を背景に、静香はいつも真ん中に立っていた。そして、周りのみんなからの愛情を受けて、満面の笑みを浮かべている。
【菫、一緒に来れなくて残念。ここの景色、本当にきれいよ!】
【お父さんとお母さんがね、ここが気に入ったなら別荘を買ってあげるって。そうすれば、いつでも好きな時に遊びに来れるでしょって】
【菫、お兄さんがね、これから私がどこへ行きたくても、ずっと一緒に付き添ってくれるって言ってたわ】
【勳さんも、ここで素敵なプレゼントをくれたの。それが何か、知りたい?】
菫は送られてくる写真を一枚ずつ削除していった。そしてスマホの電源を切ると、荷物をまとめ始めた。
もうしばらく我慢すれば、完全に自由になれる。
その時、階下から、何やらガサゴソと物音が聞こえてきた。
菫はぴたりと手を止めた。すると、脳裏にいくつかの光景が突然、鮮やかによぎった。
そうだ、前世でも同じことがあった。この家に強盗が入り、高価な宝飾品を盗んだだけじゃない。自分の大事な絵も、すべてめちゃくちゃに破られたんだ。
途端、彼女の胸に強い危機感が走った。
お金なんてどうでもいい。でも、あの絵は心血を注いで生み出したものなのだ。
そう思うと、菫は急いで自分の絵をしまい込んだ。それから警察に通報し、包丁を手に取ると、ドアの陰にそっと身を隠した。
一度経験しているという強みがあったから、今回は警察と協力して犯人を捕まえることができた。
とはいえ、犯人との力の差は歴然としていた。相手の次の動きが分かっていても、その力には敵わなかった。
今回も、彼女は体のあちこちを怪我した。それだけじゃない。階段から転げ落ちて、顔中が血まみれになってしまった。
家族と勳が駆けつけた時、ちょうどパトカーが去っていくところだった。家の中はめちゃくちゃに荒らされ、菫はボロボロの姿でソファに座り込んでいた。
拓海と椿は呆然として、声も上ずっていた。「す、菫……ひとりで、犯人を捕まえたの?」
「どうして俺たちに電話しなかったんだ!空き巣なんて、何をしでかすか分からない連中だぞ!死ぬ気か!」
いつもは冷たい仁までもが、珍しく驚いた顔をしていた。「そうだよ。強盗が入ったのに家族に連絡しないなんて、どういうつもりだ。まるで俺たちが、お前の命をどうでもいいとでも思っているみたいじゃないか!」
菫は疲れ果てて、話す気力もなかった。ソファに座ったまま、さっきまで包丁を握りしめていた手が、まだ震えている。
その様子に気づいた勳が、焦ったように駆け寄って彼女の手を握った。「菫、どうしたんだ。どこか怪我したのか?病院に行くか?
馬鹿だな、どうして俺たちに連絡しなかったんだ!」
菫は、彼の手を振り払った。そして力なく問い返した。「連絡して、何か意味があったの?私のために、わざわざ帰ってきてくれたとでも言うの?」
勲たちの顔色が変わった。図星をさされて動揺したくせに、それでも強がって言い返した。「当たり前だろ!」
菫は自嘲気味に笑った。前世では、彼らがきっと帰ってきてくれると信じて、一人一人に必死で電話をかけたのに。
でも、最後まで誰も電話に出てはくれなかった。
それどころか、こっそり電話をかけたことが犯人に見つかって、酷い目に遭わされたのだ。
後になって知ったことだけど、あの夜、彼らは静香と一緒に花火を見ていたらしい。
彼らが別の場所で穏やかな時間を過ごしている間に、自分はこの家で死にかけていたんだ。
だから今回は、もう誰も頼らない。
菫のあまりに冷静な様子を見て、勳は思わず眉間にしわを寄せた。
彼女は本当に変わってしまった。勳は、それを改めて感じた。
今までの菫なら、こんな目に遭ったらきっと怖くて泣き叫んだはずだ。それに、誰も帰ってきてくれなかったって、駄々をこねていただろう。
でも今の彼女は、まるで他人事みたいに落ち着き払っている。
勳が何かを言いかけた、その時後ろにいた仁が、床に散らばった荷物に気づいた。
「こんなに荷物をまとめて、お前、どこに行くつもりだ?」
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