和紙文この先の人生に、君はいらない · 第2話設定≡

この先の人生に、君はいらない第2話

この話は約2019字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

俺と春加の間では、冷戦状態が続いていた。春加は帰らず、俺ももう何も聞かなかった。

3日目の朝、彼女のアシスタントの方から連絡してきた。

【社長は、この数日、ずっとお忙しくされていました。今日ちょうどS国から帰国されたところです】

俺は返信した。

【もういい。今後は報告してくれなくて構わない】

画面を上へスクロールすると、そこにあるのは俺が一方的に春加の様子を尋ねたやり取りばかりだった。本人よりも、そのアシスタントに連絡した回数の方がずっと多い。

ほどなくして、またアシスタントからメッセージが届いた。

【おふたり、何かあったんですか?】

俺は返さなかったが、向こうは構わず続けてくる。

【社長だって、慎吾さんのことをちゃんと想っているはずです。じゃなきゃ、あの社長が自分から追いかけたりしませんよ】

俺の瞼が、ぴくりと動いた。

確かに、俺たちの結婚は春加の方から望んだものだった。

誰もが認める美人で、氷のように冷たい性格なのに、以前は自分から俺のそばに来てくれた。いつも俺だけを見つめて、格好いいと褒めてくれた。

なのに、今はすっかり変わってしまった。

アシスタントからのメッセージは止まらない。

【社長は今日が慎吾さんの誕生日だとご存知で、わざわざプレゼントを用意されたんです。ずっと欲しがっていらしたあの腕時計ですよ】

送られてきた写真を見ると、確かにそれだった。

かつて、春加の前で何度も口にしていたものだ。覚えていてくれたとは、思ってもみなかった。

胸の奥が、かすかに震える。

ため息をついてキッチンへ向かい、春加の好物を作り始めた。

春加が帰ってきたのは、夜になってからだった。襟元を緩めながら、まっすぐ書斎へと向かっていく。

俺は声をかけて呼び止めた。

春加はようやく眉を寄せて振り返る。

「……何?」

相変わらず、突き放すような口調だった。

息が詰まるのを感じながら、指先でエプロンの裾をぎゅっと握る。

「今日が、何の日か知ってるか」

春加の眉間に、再び皺が寄る。

「何が?」

胸の奥が締め付けられるのを感じながら、掠れた声で言った。

「……俺の、誕生日だよ」

春加はようやく頷きながら、袖を直した。

「ああ、今日だったの?

忘れてた」

それきり、続く言葉はなかった。喉の奥が塞がる。まるで濡れた真綿で首を絞められるように、重く息苦しい。

春加はちらりと俺を一瞥した。

「来月、埋め合わせしてあげる。

そもそも、絶対祝わなきゃいけない日でもないでしょ。お金の無駄だし」

けれどその数秒後、俺は光司が1時間前に投稿したSNSを目にした。写真には、俺が何ヶ月も欲しがっていたあの腕時計と、何に使うかも分からない高価な品々が写っていた。

添えられていたのは、こんな文章だった。

【大好きな奥さん〜ありがとう(なんちゃって、社長です)】

その下に、春加の返信があった。

【もう、やめてよ。

当然でしょ】

俺は自嘲気味に口角を上げた。

以前、SNSで「いいね」やコメントをねだった時、春加はいつも拒んでいたのを思い出す。子供っぽい、似合わないと言って。なら、今のこれは一体何なんだ。俺にはわからなかった。

スマホを握る手が、抑えようもなく震えていた。

「春加、こういうのにはちゃんと反応するんだな。

そのプレゼント、渡して楽しかったか?」

春加は眉をひそめ、俺のスマホを取り上げると何かを操作し始めた。

「気に入らないなら、見なきゃいいでしょう。

あれはただ、部下を気にかけてあげただけ。これでもっと仕事に励んでくれるなら安いものよ。

彼も仕事を頑張ってるんだから、それくらいしてあげて当然でしょ。一日中、家で何もせずにいるあなたと違って」

俺は完全に固まった。まるで雷に打たれたような衝撃だった。

春加は長年、夜更かしと不規則な食生活を続け、よく胃を痛めていた。つらいとこぼしていたのも、俺の作るスープを美味しいと褒めてくれたのも、春加自身だったはずだ。

だからこそ俺は仕事を辞めて、彼女の世話に専念することを選んだのに。

学生時代、俺は常にトップの成績だった。海外からのオファーだって受けていた。本当なら、もっと遠くへ行けたはずなのに。

なのに、どうしてこんなことになったのか。

先に「愛してる」と言ったのは、春加の方だった。

なのに、最後までこの関係に縛られているのは、どうして俺だけなんだろう。

込み上げる感情を必死に押し殺しながら、荒い息を吐き出した。喉が詰まって、言葉ひとつ出てこない。

春加は俺を見ようとせず、視線をテーブルの上に落としたままだった。相変わらず、不機嫌そうに。

「それと、家にいるんだから、もう少し料理の腕を磨けないの?

こんなに味が薄いんじゃ、食欲が失せるわ」

俺は口元を歪め、皮肉げに笑った。そうだろうな。外で光司と味が濃いものばかり食べ慣れた舌に、こんなものが合うはずもない。

次の瞬間、春加は迷いなく書斎のドアを閉めた。

俺は、がらんとしたリビングにひとり立ち尽くしていた。

視線を落とし、作った料理をすべてゴミ箱へ捨てた。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)