和紙文この九年間の恋は間違いだ · 第2話設定≡

この九年間の恋は間違いだ第2話

この話は約2020字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

彼が着ているトレンチコートは、去年の八周年の記念日に私が贈ったものだった。

三分間の動画を最後まで見終える前に、之野から電話がかかってきた。

「詩織、ごめん。こっちで俺が直接対応しなきゃいけないことが多くて、どうしても戻れないんだ。

記念日はまた後で埋め合わせするよ。俺たちには、時間はいくらでもあるんだから」

「そう」と私は静かに答え、スマホを置いた。

窓の外では、あれほど青々と茂っていた木々が葉を落とし、もうすぐ冬が来る。

私と之野の間に、もう時間など残されていないというのに。

午前零時の鐘が鳴り、私は十八日のカレンダーのページを破り捨てた。

実家に戻って政略結婚するまで、あと十二日。

それから五日が過ぎたが、之野たちのSNSに表示される位置情報は、ずっと海外を示したままだった。

帰ってくる様子は微塵もなかった。

残り五日となった日、之野がSNSを更新した。位置情報によっては、もう市内の空港に到着したらしい。

私も自分の荷物をほとんどまとめ終え、五日後の飛行機に乗る準備は万端だった。

残り四日。私は家を出て、もう要らない物を捨てた。

その時、どこからともなく現れた誰かが、跪いて私の足首を掴んだ。

目を凝らすと、そこにいたのは咲だった。

長い間泣いていたのだろう、彼女の両目は真っ赤に腫れ上がっていた。

私の足にすがりつき、涙声で訴えた。

「詩織さんは、何でも持っているでしょう。だから、之野さんのことは私に譲ってください。

彼は、あなたから別れを切り出してくれるのをずっと待ってるんです。

彼の会社は、これからが正念場なのですから……スキャンダルなんて出たら、もうおしまいなのですよ!

それに……それに、私たち、もう赤ちゃんが……!」

彼女が自分のお腹を庇うように手で覆った瞬間、私は思考が止まった。

そう、二人の間には、もう子供まで……

之野、あなたは……そんなつもりなら、どうして早く言ってくれなかったのか。

私は乾いた笑いを漏らし、咲の腕を振りほどいて言い放った。

「誰の子供だろうと、私には関係ないわ。

でも、一つ忠告しておく。今裏切られたのは私だが、明日はあなたの番よ。

私が彼の事業の成功も、会社の上場も支えてきたっていうのに、彼は私を裏切った。たかが子供一人で、あの男を縛り付けられるとでも思ってるの?」

そう言うと、私は咲の泣き声にはもう耳も貸さず、まっすぐにその場を立ち去った。

家に帰り、私は静かに部屋を見渡した。

ここの家具や日常用品一つ一つ、植木に至るまで、全て私が心を込めて選んだものだった。

之野と温かい家庭を築くことをあれほど望んでいたのに、今となっては、その思い出の全てが忌まわしい。

私は全ての植木を根こそぎ引き抜き、ゴミ箱に叩きつけていると、お母さんから電話がかかってきた。

「詩織、飛行機のチケットはもう予約したわよ。三日後には、婚約者に会えるわ!」

「分かったわ、お母さん」私は疲れ果て、力なく答えた。

お母さんは少し心配そうな声になった。

「また之野に何かされたの?」

「ううん、何でもない」私は即座に否定した。

彼に何かされたわけじゃない。そもそも、彼はもう私のそばにすらいないのだから。

「詩織、あんな男、あなたには全く釣り合わないわ!あなたが帰ってきたら、すぐに投資を引き上げてやるから。あの男の会社、潰してやるわ!」

私は思わず笑みがこぼれ、「うん」とだけ答えた。

私と之野に残された時間は、あと三日。

かつて、之野が起業した時、最初の資金を提供したのは、お母さんだった。

彼はお母さんの前で土下座までして誓ったのだ。

「この先、詩織さんを幸せにできないようなことがあれば、どんな惨めな死に方をしても構いません」と。

そして、彼は確かに私を大切にしてくれた。

だがそれも、彼が成功を収めるまでの話だ。

家の中から、自分の存在した痕跡を全て消し去ったからだろうか。ひどい疲労感に襲われた。

私はソファで深く眠り込んでしまい、夢の中で、またキャンパスで初めて出会った日に戻っていた。

けれど目を覚ますと、広い家の中には、私一人しかいなかった。

時計を見ると、朝の六時。

明日の朝、私が飛行機に乗る、六時過ぎには家を出なければならない。

つまり、あと二十四時間で、私は之野と別れることになる。

なのに彼は、まだ帰ってこない。

あの日、帰国してからというもの、彼は一度も家には戻らなかった。

もういい。直接電話して、別れを告げよう。

「詩織、どうした?」

之野がこんなに早起きだなんて、珍しい。

私が口を開こうとした瞬間、電話の向こうから知らない声が聞こえてきた。

「お客様、また彼女さんのために朝ごはんを買いに来ましたか。本当にいい男ですね!」

朝の六時。できたての温かい朝食。

彼が私のために買ってきてくれたことなど、一度もなかった。

その後の声はよく聞こえなかった。之野は一方的に電話を切った。

しばらくして、彼からメッセージが届いた。

【ごめん、さっきは会議で立て込んでて、今日の午後には家に戻るから】

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)