この九年間の恋は間違いだ第1話
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九年間付き合った彼氏が、突然LINEの名前を【Saki♡Love】に変えた。
理由を訊いても、教えてくれなかった。
彼の秘書が【Saki】という名前で二人がイチャイチャしている写真を送りつけてきた時、ようやく全てを理解した。
私は冷静にその写真を保存し、それからお母さんのLINEを開いてメッセージを一つ送る。
「お母さん、実家に戻って政略結婚する件、分かったわ」
メッセージを見たお母さんから、すぐにビデオ通話がかかってきた。
「詩織、それじゃあ結婚式、今月末に決めよう」
いいわ。長谷部之野(はせべ ゆきや)との関係は、あと十五日で終わりにする。
* * *
九年間付き合った彼氏が、突然LINEの名前を【Saki♡Love】に変えた。
理由を訊いても、教えてくれなかった。
彼の秘書が【Saki】という名前で二人がイチャイチャしている写真を送りつけてきた時、ようやく全てを理解した。
私は冷静にその写真を保存し、それからお母さんのLINEを開いてメッセージを一つ送る。
「お母さん、実家に戻って政略結婚する件、分かったわ」
メッセージを見たお母さんから、すぐにビデオ通話がかかってきた。
「詩織、それじゃあ結婚式、今月末に決めよう」
いいわ。長谷部之野(はせべ ゆきや)との関係は、あと十五日で終わりにする。
「そうそう!すぐ届け出とかしないと。有名な先生に占ってもらったら、その日がとっても良い日なんだって!」
お母さんは上機嫌にそう言うと、私は頷いて「うん」とだけ返事をした。
通話を切った後、スマホを持ったまま呆然としていると、浴室から出てきた之野が私の背後に立ち、少し緊張した声で訊いてきた。
「今言った届け出ってどういうこと?」
また私が結婚をせっつくんじゃないかって、警戒してるんだ。
「何でもないわ。ちょっと証明書が切れたから、更新しなきゃいけなくて」
適当にあしらってその場を離れようと彼を通り過ぎた瞬間、ツンと鼻をつく香水の匂いがした。
之野は私の様子がおかしいことに気づいたのか、慌てて弁解した。
「途中で香水のセールスがあったから。試してみただけなんだ。匂いがこんなにきついとは思わなかった」
彼の言い訳は、あまりにも拙かった。
私は微笑んで「そう」とだけ返し、寝室へと向かう。
街をぶらつくのが何より嫌いな之野が、セールスに興味あるなんておかしくないか?
明らかに女性ものの、濃厚な香り。彼自身がデパートのカウンターで試すはずもない。
九年も一緒にいれば、彼の嘘なんて簡単に見抜ける。
私はただ、ずっと自分に嘘をついてきただけ。
一時間前、私は小野寺咲(おのでら さき)のSNS投稿を見ていた。
彼女と之野は、大きな誕生日ケーキの前で、人だかりに囲まれながら、ぴったりと体を寄せ合っていた。
咲の手には、之野が贈った六カラットのダイヤの指輪が光っている。
もともと咲は、地方の私立大学を卒業したごく普通の女の子だった。之野の同郷だという理由だけで、私は彼女をいわゆる「縁故採用」という形で入社させた。
けれど、私の善意が、結果的に飼い犬に手を噛まれることになってしまった。
私は部屋に戻ると、以前、咲から送られてきた挑発的なメッセージを見返した。
【詩織さん、私と之野さんは幼馴染なんです。彼の心の中には私しかいません。あなたこそが割り込んできたものなんですよ。
あなたと彼が一緒にいた九年間は、本来私のものだった九年間の幸せを盗んだだけ。彼はあなたのことなんてこれっぽっちも愛してないし、結婚する気もありません!
彼から指輪、もらったことないでしょう?見て、このダイヤ、大きいでしょう?】
大学で四年、起業して五年。私はもう之野と九年も一緒にいる。
確かに彼は、一度も結婚の話をしてこなかった。
以前は、私も駄々をこねたり、喧嘩をしたりした。
でも彼はいつもこう言うだけだった。
「君には最高の結婚式を贈りたいんだ。でも、今の俺にはまだ、その甲斐性がない。もう少しだけ、待ってくれないか?」
そんなもの気にしないと、私は何度も言ったのに。せめて、先に籍を入れるだけでもいいと。
でなければ、共に過ごしたこの九年間は、一体何だったというのだろう?
案の定、今の彼には、最高の結婚式を挙げるだけの甲斐性がある。
けれど、その相手は、もう私ではなかった。
私たちの九年間の恋人関係も、今や残すところあと十五日。
……
夜の十一時。シャワーを浴びて、そろそろ休もうとしていた時だった。
先にベッドにいた之野が電話を受けると、さっと起き上がり、ベランダへと向かった。
しばらくして戻ってきた彼は、私にこう言った。
「会社で急用ができた。ちょっと出張に行ってくる」
その目は、私と合わせようともしなかった。
私は「そう」とだけ返すと、読んでいた本に視線を落としたまま尋ねた。
「じゃあ、十八日には戻ってこられるの?」
「明後日?」
之野は一瞬きょとんとしたが、すぐに何かを思い出したように、私のそばに寄ってきた。
「ああ、分かってる。十八日には必ず戻るよ。
俺たちの九周年の記念日だろ?忘れるわけないじゃないか」
「それなら、よかった」
私は口の端に、かすかな笑みを浮かべた。
記念日を祝いたいわけじゃない。ただ、その日に、彼に別れを切り出したかっただけ。
この九年間の恋人関係に、ちゃんと句点を打つために。
之野が出ていったのは、午前零時。いつの間にか新しい一日がやってきた。
正確に言えば、私が実家に戻って政略結婚するまで、あと十四日。
一日、また一日と、時は過ぎていく。十八日当日、之野が帰ってくるという知らせはなく、代わりに咲のSNSに旅行の動画が投稿された。
甘く、屈託のない笑顔を浮かべる彼女の背後には、大柄な男の姿が映り込んでいる。
一目で分かった。
あれは、之野だ。
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