和紙文かつて、彼のために命をかけた · 第2話設定≡

かつて、彼のために命をかけた第2話

この話は約2046字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

電話の向こうから、心配そうな先生の声が聞こえてきた。

「双葉……本当に、薄井悠真のことを諦められるのか?」

こらえきれずに、双葉の目からまた涙がこぼれ落ちた。

しばらく俯いたまま、黙り込んで考えて、低く、しかしはっきりと答えた。

「……諦められます」

「それならいい。すぐに修復プロジェクトへの申請を出すよ。一度提出したら、取り消しはできないからね」

彼女はゆっくりと顔を上げ、窓の外に差し込む陽の光に目を細めながら、微笑んだ。

「ありがとうございます」

「それで……薄井のことは……」

何かを言いかけた先生の声を、双葉は無言で電話を切ることで遮った。

彼と共に過ごした三年間……その一途な愛のすべては、復讐という名の裏切りへと変わった。

もう二度と、あの愛を欲しいがらなかった。

悠真は病室を出てから、まる一週間、音信が途絶えていた。

双葉はひとりで入院生活を送り、火傷の傷は少しずつ癒えていったが、痕は一生消えない。

この三年間、悠真の生活のすべてを、双葉が支えてきた。

だからこそ、彼が予約していた高級ホテルやレストランの通知が、今も彼女のスマホに届き続けていた。

きっと今ごろ、彼は異母妹の希子と一緒にいるのだろう。

三年間も気づかなかった彼女が、情けなかった。

彼が彼女に近づいたのは、すべて希子のための復讐に過ぎなかった。

この仕組まれた罠は、あまりにも完璧だった。

ピン……

スマホに通知音が鳴った。

送信者は、希子。

【悠真って、本当に人の世話が上手ね。お姉ちゃんが教えたの?】

添付されていたのは一枚の写真だった。

そこには、エプロン姿でケーキを作っている悠真と、それを見つめる希子の笑顔が写っていた。

三年間一緒にいて、双葉は彼がケーキを作れるなんて、一度も知らなかった。

毎年の記念日も、誕生日も……ケーキを作っていたのは、いつだって彼女だった。

一緒に作りたいと願ったこともあったけれど、彼はいつも「仕事が忙しい」と言って断っていた。

……愛というものは、人によってこんなに差別があるのか。

スマホの画面に映る幸せそうな二人を見て、双葉の胸が締めつけられた。息をするのも苦しかった。

震える指先で、メッセージ画面をそっと閉じた。

どれだけ泣いたのか、もうわからない。

彼女はバッグから、一冊の手帳を取り出した。

それは、悠真との日々を綴った、大切な想いの詰まった手帳だった。

【神様みたいなあなたが、私の世界に降りてきて、ボロボロだった私の人生を救ってくれた……】

【あなたのためにケーキを作るのが、私のいちばんの幸せ。これからも、毎年作ってあげる……】

【あなたと一緒にいられて、本当に嬉しい。毎日が夢のよう……】

【双葉は悠真を愛してる。ずっとずっと、一緒にいようね……】

けれど、それは彼女だけの「愛」だった。

彼が彼女を傍に置いたのは、ただ復讐を果たすため……

ページをめくり、少女の思い出がよみがえり、双葉は苦しくなった。

本来なら、この手帳を三周年の記念として悠真に贈るつもりだった。

でも今では、すべてが滑稽に思えて仕方なかった。

「全部、嘘だった。悠真が好きなのは万野希子……だったら、私ももう彼を好きでいない」

双葉は、まるで自分に言い聞かせるように、その言葉を繰り返した。

涙は止まらなかった。

滲んだ文字にそっと指を置き、彼女は静かにハサミを取り出した。

そして、一枚、また一枚と、ページを切り刻んでいった。

そのたびに、心の奥にあった彼への想いが、少しずつ消えていくような気がした。

最後のページまで切り終えると、彼女は紙片をすべてゴミ箱に投げ入れた。

張り詰めていた心が、ふっと緩んだ。

ようやく、ほんの少しだけ……解放された気がした。

ちょうどそのタイミングで、悠真が戻ってきた。

彼は不思議そうに彼女を見つめた。

「どうした?……さっき、泣いてた?」

双葉はティッシュで涙を拭い、ふうっと静かに息を吐いた。

「……なんでもない」

彼はそれ以上何も言わず、優しく彼女を抱きしめた。

「双葉……大丈夫。これからは、俺がずっとそばにいて、面倒を見るから」

かつての彼女なら、その言葉に喜び、涙を流しただろう。

でも、今の彼女は少し黙ってから、小さく笑った。

……復讐のための愛情表現。

なぜ、そこまで演じる必要があるのか。皮肉としか思えなかった。

悠真は彼女の変化に気づき、すぐに言葉を継いだ。

「この間は仕事が忙しくて、あまりかまってやれなかったな。今度、ちゃんと埋め合わせるから」

双葉は顔を伏せたまま、静かに言った。

「……その必要はない」

悠真は不満げに眉をひそめた。

「双葉、そんなふうに拗ねるなよ」

そして、ふと思い出したように言った。

「数日後にチャリティー晩餐会があるんだ。ヨットの上で開かれるんだけど、一緒に行こう。

いつまでも病室にこもってないでさ」

双葉は必死に涙をこらえながら、自分の傷だらけの体を見下ろした。

そして、苦笑を浮かべてため息をついた。

「……こんな姿じゃ、晩餐会に出たって笑われるだけ」

悠真は彼女の頭を胸に抱き寄せ、そっと囁いた。

「全部、俺に任せておけ」

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