かつて、彼のために命をかけた第3話
この話は約1677字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
双葉はチャリティー晩餐会への参加を断ろうとしたが、悠真にあっさりと却下された。
宴の前夜、彼に連れられて、彼女はメイクスタジオを訪れた。
化粧台の前に座った双葉は、不安げに鏡を見つめた。火傷を負ってから、初めて鏡を見るのだった。
全身の70%が火傷。鏡の中に映る肌は、見るに耐えないほどで、顔にも焼け跡がはっきりと残っている。
かつての純粋無垢な双葉は、あの火事とともに消え去り、今そこにいるのは、どこかよそよそしく、冷たい表情を浮かべる別人だった。
化粧師は彼女の傷跡をじっと見つめたあと、顔色をさっと変え、そのままトイレに駆け込んで吐いてしまった。
「うちって、高級メイクスタジオじゃなかった?なんでこんな人連れてくるのよ。
この肌、マジで無理……昨日のごはん全部戻しそう」
その言葉は、はっきりと双葉の耳に届いた。彼女は鏡の中の自分の傷跡を、何度も見つめ直した。
傷は、まるで根を張るように全身に広がり、治りきっていない部分からは血がにじんでいた。化粧師の言うとおり、確かに目を背けたくなるほどだった。
彼女は鏡に向かって、ひとり苦笑し、立ち上がろうとしたが、悠真が彼女の肩を掴み、強く椅子へ押し戻した。
「お前ら、よくもそんな言葉を言えたな?」
その声は鋭く、氷のように冷たかった。
「これがお客様への対応か?『京栄市一の化粧師』の看板、そろそろ降ろすべきだな」
店長が慌てて化粧師の腕を引っ張り、謝罪させた。
「薄井社長、本当に申し訳ございません。ご同伴の方がそれほど大切なお客様とは、全く知りませんでした……誠心誠意、対応させていただきます」
悠真は鼻で笑った。「化粧、できるんだろうな?」
店長が肘で化粧師を小突くと、ようやく我に返った化粧師は、すぐさま深々と頭を下げた。
「はい、全力でやらせていただきます……」
悠真が口を出してからというもの、化粧師は何も言わず、黙々と手を動かし始めた。
彼は後ろの席でじっと見守っていたが、どこか落ち着かなかった。
化粧師は目立つ傷跡に分厚くコンシーラーを重ね、その上から何度もファンデーションを塗り直していく。ようやく、人前に出られる程度にまで仕上がった。
その姿を見つめ、悠真は呆然となり、回し続けたペンもいつの間にか止まっていた。自分でも気づかないうちに、思考は彼女に奪われていた。
どうしても、あの日の双葉の姿が脳裏から離れなかった。
火の中に、何の迷いもなく飛び込んでいった双葉の姿。
自分が死んだと聞かされた彼女は、ほんの一瞬のためらいもなく命を投げ出した。それほど、この世に未練がなかったということだろうか。
彼女の全身に刻まれた傷跡は、いつしか彼の心にまで痛みを与えるようになっていた。
手の中でペンを回し続けることだけが、かろうじて平静を保つ術だった。
彼が好きなのは希子だった。ただ、復讐のために双葉と一緒にいただけだった。
それなのになぜ、こんなにも胸が痛むのか。
気づけばメイクはすでに完成していた。鏡の中の双葉は、かつてのようなやさしく美しい顔を取り戻していた。
思わず、悠真は口を開いた。
「……綺麗」
双葉は鏡を見つめながらも、心の奥には虚しさが広がっていた。
目元には、微笑みすら浮かんでいなかった。「残念ね。全部、偽りに過ぎないわ」
その言葉に、彼は何も言い返せなかった。代わりに黙ってしゃがみ込み、彼女の靴先を拭いた。
「靴が汚れてる」
その光景を見た店長は、思わずつぶやいた。
「薄井社長って、本当に理想の男性ですね……こんなにも彼女を大切にされて。双葉さん、本当にお幸せですね」
その言葉を聞いた悠真は、不自然に動きを止めた。数秒の間、何もできずにいた。
やがて黙って立ち上がり、手に持っていたティッシュをゴミ箱に放り込むと、眉をひそめ、双葉の目をまっすぐ見ることができなかった。
彼女は、そんな彼を横目で冷ややかに見つめている。
先ほどの擁護、そして靴を拭く仕草、どれも演技にしか見えなかった。
こんな薄っぺらな「優しさ」なんて、もう必要ない。
そのとき、悠真は珍しく手を差し伸べた。
「もう行こう。晩餐会はすぐに始まる。今行かないと間に合わない」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R34819- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。