お粥をくれた夫にさようなら第3話
この話は約2499字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
封筒の中から、離婚協議書を取り出して、そこにはすでに研人の署名があった。
それは前回の時のものだ。
研人は私の誕生日を一緒に祝うと言いながら、約束を破って愛雲の母親の世話に行った時のことだった。
私は用意した離婚協議書を彼の前に差し出した。
本来の意図は、彼がこの書類を見れば、私が彼の妻であることを認識し、私が今とても怒っていること、彼が私を無視すべきではないと気づくはずだと思った。
しかし彼が見ようとしたその時、愛雲から電話がかかってきた。
研人はすぐに、書類の内容も見ずに署名を済ませた。
「もう階下に着いたのか。よし、今すぐ降りる」
彼は恋に落ちたばかりの少年のように、喜びの表情を浮かべた。
自分が署名した書類に【離婚協議書】という五文字が書かれていることなど、完全に無視していた。
その瞬間から、私は薄々感じていた。彼の愛雲に対する感情は、彼が言うような単なる世話などではないと。
けれど研人と結婚して七年、それ以前からの付き合いも長い。これほど深い絆は、そう簡単に切り捨てられるものではない。
だから、私は彼にもう一度だけチャンスを与えた。
しかし待っていたのは、さらに大きな辱めだった。
「安奈さん、本当に旦那さんと離婚しますか?」
「はい」
「承知しました。離婚届の受理が完了次第、お知らせします」
手続きを終え、私は市役所の門を出た。空気がずっと軽くなったように感じられた。
この何年にもわたる不平等な結婚生活が、ようやく完全に幕を下ろそうとしている。
ポケットのスマホが絶えず震えている。
研人からのメッセージだった。
【アポを取った。住所を送ったから、すぐに行け。クライアントを待たせるな】
私はこのメッセージを指で払いのけ、次のメッセージに目をやった。
友達グループで、親友が私をメンションしている。
【安奈、飲みに来ない?】
すぐに誰かがからかうように返信した。
【彼女を呼ぶなよ。完全に『旦那の言いなり』だから、旦那が許さないことは絶対にしないよ】
研人は酒の匂いを嫌っていた。
私が一口も飲んでいなくても、バーを寄っただけで、帰ってくると彼は匂いを嗅ぎつけて毎回私を叱り、ゲストルームで寝るように言った。
私はずっと彼が酒の匂いを嫌っているのだと思い込み、それ以来酒を断ち、すべての酒の席を断っていた。
ところが昨日、愛雲が私に動画を送りつけてきた。
動画の中で、彼女は泥酔していた。なのに研人は嫌がるどころか、手を差し伸べて彼女の嘔吐物を受け止め、彼女を甲斐甲斐しく介抱していた。
その時、私はようやく理解した。
彼が嫌っているのは酒の匂いではなく――私なのだ。
そう思うと、酒を断っていたこの数年が、ただの笑い話にしか思えなかった。
【住所を送って。すぐに行くよ】
騒がしい個室で、私たちは一緒に酒を飲み、一緒にはしゃいだ。
大音量の歌声と音楽が、すべての音をかき消していた。
薄暗いソファの隅で、私のスマホの画面が光っていることに、誰も気づいていなかった。
【研人】の名前が、絶え間なく点滅していた。
どれだけ時間が経っただろうか。
突然、誰かがドアを蹴り開けた。
音楽がぱったりと止んだ。
皆が入り口に目をやると、研人が暗い表情で立っていた。その顔色は、この上なく険しかった。
「電話に出ない、メッセージにも返事をしない。何かあったのかと思って探していたら、こんな場所で酒を飲んでいたのか。
それに君たちのこのろくでもない連中は、彼女の胃が弱いのを知らないのか?それなのに酒を飲ませやがって。
いつも言ってるだろう、こんな連中と一緒にいるなと。言うことを聞かないなら、いつか路上で死ぬほど飲んでいても、僕は知らんからな」
親友たちは顔色を悪くしながらも、私が研人に抱いている気持ちを知っているので、皆こらえて何も言わなかった。
彼の怒声を聞いて、私は一気に酔いが半分ほど醒め、冷たい声で言った。
「私を心配してる?もうやめてよ。紀野さんのために商談を手伝わせるためでしょう」
研人の顔色はますます厳しくなった。
「よくも言えるな。君はちゃんと引き受けただろう?僕もわざわざアポを取ったのに、結局君は、クライアントをすっぽかしたんだぞ。
そのおかげで会社がどれだけ損をしたか分かっているのか?たかが車一台だろう。もう買ってやったんだ!」
そう言って、研人は怒りながら車のキーを投げてよこした。
彼がボタンを押すと、私たちは窓の外を見た。道路脇に停めてあった車のライトが一瞬光った。
私は少し驚いた。研人が車を買ってくれるなんて、相当な出費だと思った。
次の瞬間、親友が肘で私をつついた。
「ねえ、これって私が先日見た中古車じゃない?あなたにも相談したでしょ、忘れたの?」
研人は隠そうともせず、あっさりと言った。
「中古車だが、まだ走れる。新車と変わらない」
彼の後ろにいた愛雲が、わざと大げさにこう言った。
「気に入らないなら、私と交換してください。私が少し我慢すればいいだけのことです。会社の利益が一番大事ですから」
そう言って彼女は車のキーを私の前に差し出した。まるで本当に交換するつもりのように。
しかし、白くなるほど強く握りしめた指が、彼女がただの見せかけだけの打算であることを露わにしていた。
そして研人は、予想に違わず彼女の演技を信じ、感心したように言った。
「愛雲は君と違って、暮らしにこだわりがないんだ。壊しかけの車でも彼女は運転できる。この中古車はそれよりずっと良いだろう」
愛雲をなだめてから、彼は振り返って私を睨んだ。
「しっかり反省しろ。僕の妻でありながら、会社の一般社員ほどの分別もない」
昔から、彼がいつも「会社は見かけだけ良く見えているが、実際は数十億の負債を抱えていて、いつ破産してもおかしくない」と言っていた。
だから私はできるだけ節約していた。
せめて彼が私の気遣いに少しは感謝してくれるだろうと思っていた。
なのに彼は私の倹約を当然のことだと思うとは。
それどころか、私を嘲笑い、私には中古車がお似合いだと言うのだった。
研人は言い終えると、再び書類を私に差し出した。
「クライアントとの打ち合わせは明日の午前中にしてある。すぐに準備をして、時間を無駄にするな……」
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