あなたの愛に気づいた時、私はもういなかった第2話
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室内を、再び静寂が包み込んだ。
私は長い間封印していたシステムを呼び出した。
かつて、小説の結末で飛び降り、自ら命を絶つ運命にあった裕人を変えるため、私は迷いなくこの世界へと身を投じた。
けれど七年が過ぎた今――彼のルールを一つ残らず守り、彼の子を産み育ててもなお、裕人を救える人間は、最初から私ではなかったのだと悟る。
ならば、ここに留まる理由など、もう微塵もない。
夜、三人が上機嫌で帰宅した。
遊星は美亜にべったりと寄り添い、いびつな形の細工菓子を差し出す。
「美亜さん、僕が作ったの。あげる!」
「ありがとう、遊星くん」
美亜に頭を撫でられ、遊星は顔を真っ赤にして照れくさそうに笑う。けれど、私に気づいた途端、その笑顔は瞬時に消え失せた。まるで、招かれざる客を見るような眼差しで。
裕人は上着を脱ぐと、いつものように私へ手渡そうとしたが、私はそれを受け取らなかった。
以前の私は、彼が私を愛してくれなくとも、愛のない営みで子を成し、家政婦のように扱われることこそが、彼からの信頼の証だと勘違いしていたのだ。今思えば、滑稽すぎて笑いも出ない。
裕人が不審げに眉を寄せ、上着をソファに放る。
「遊星の薬膳は用意できてるんだろうな。持ってこい」
人を小馬鹿にしたような顔をする遊星を、私は淡々と見つめ返した。
「作ってないよ。遊星が嫌がるから、もう無理強いはやめるわ」
飲みたくないと駄々をこねる準備をしていた遊星が、呆気にとられたように固まる。そして、見る見るうちに顔を真っ赤にした。
「だ、誰がママの作ったもんなんか食うかよ!飲まなくて結構だよ!ママなんて意地悪な魔女だ、大っ嫌い!」
美亜がわざとらしく「はぁ」と、ため息をつく。その言葉は、非難の色に満ちていた。
「雪乃さん、私のこと気にしてるのは分かりますけど、遊星くんのママでしょう?子供と意地の張り合いをするなんてどうかと思います……分かりました、今日から私、もう来ませんから」
瞳に涙を浮かべる彼女。たったそれだけの言葉で、私は嫉妬に狂って我が子を虐待する、毒婦のような女に仕立て上げられた。
遊星が泣き叫びながら美亜の腰にしがみつく。
「美亜さん、行かないで!ママなんて最低だ!美亜さんをいじめるなんて、死んじゃえ!」
憎しみを込めて駆け寄ってきた遊星が、私の脛を思い切り蹴りつけた。子供の力と侮ることはできなかった。痛みと共に、蹴られた場所が、ずきずきと痛み出し腫れていく。
裕人が泣き崩れる美亜を抱き寄せ、私を睨んだ。
「雪乃、お前も子供か。こんなくだらないことで拗ねるなんて。美亜と俺は何もないと言っているだろう。人間関係をそう歪んだ目で見るな」
もう、彼らと言い争う気力さえ残っていなかった。私は淡々と告げる。
「拗ねてなんていない。遊星の要望に従っただけ」
裕人の眉間に深い皺が刻まれる。「雪乃!何を馬鹿なことを。遊星はお前の息子だろう?」
その時、遊星が再び駆け寄り、私を激しく突き飛ばした。
不意を突かれ、体勢を崩した私は階段から転げ落ちる。打ち付けた額から、つうっと、生温かいものが流れ出した。
「ふん、魔女なんか。ママが僕を要らないなら、僕もママなんか要らない!」
額を押さえる。鋭い痛みが走る。けれど裕人は私を一瞥しただけで、遊星と美亜を連れて背を向けた。
「今夜はアトリエにいる。少し頭を冷やせ。雪乃、お前は母親なんだ。自分の立場をわきまえろ」
ふ、と乾いた苦笑が漏れた。
私は裕人の妻で、遊星の母親。けれど一度たりとも、「私自身」であったことはない。
庭の離れにあるアトリエに灯りが点る。
ふと、思い出した。あの日、四時間かけて煮込んだ一番出汁を手に、彼に休憩を取ってもらおうとアトリエへ入った日のことを。
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