あなたとの結婚、やめました第2話
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寝室を片づけていると、ベッド脇のサイドテーブルの裏から、古い充電ケーブルが出てきた。
半年前、昌也のスマホは、まさにその場所で充電されていた。
友加里のことで初めて本気でぶつかったのは、あの夜だった。
午前1時を過ぎた頃、昌也がシャワーを浴びに行くと、スマホの画面が光った。
友加里からだった。
【おやすみなさい、長塚さん。少しは休んでくださいね】
数分後、浴室から出てきた彼はメッセージに目をやり、何もおかしくないと言わんばかりに、ごく自然に返信した。
【おやすみ、友加里。君もな】
私は彼を見た。
「いつも夜中にこんなやり取りを?午前1時に、おやすみって送り合う?」
昌也が顔を上げた。
「友加里は俺の秘書だ。今夜は遅くまで仕事をしてたんだよ」
「こんなことまで言う必要があった?」
彼の表情から、余裕が消えた。
「珠理、たかが一通のメッセージだろ」
「男の人が午前1時に私へ同じようなメッセージを送ってきても、昌也は平気なの?」
その夜、私たちは初めて友加里のことで激しく言い争った。
私は、彼女とは仕事上の一線を守ってほしいと頼んだ。
けれど昌也の答えは、たった一言だった。
「おやすみって一言で、そこまで怒る必要があるのか?」
――
翌日の午後、彼は友加里を予約制の家具ショールームへ連れていった。
二人で選んだのは、結婚後に私たちが暮らすはずの新居に置くソファとダイニングテーブルだった。
帰宅した彼に、なぜ友加里を連れていったのかと尋ねると、昌也はコートを脱ぎながら答えた。
「新居の準備を手伝ってもらってるんだ」
「二人の距離が近すぎて嫌だって、昨日言ったばかりでしょう」
「お前が嫌だと言ったら、俺は何でも言うとおりにしなきゃいけないのか?」
また喧嘩になった。
それからは、同じようなことの繰り返しだった。
ある日、昌也の車の助手席に友加里が座っているのを見つけた。
私は車のそばに立ち、なぜ彼女がそこにいるのかと尋ねた。
昌也は数秒、私を見つめると、車の反対側へ回り、友加里のために助手席のドアを開けた。
「乗ってろ」
友加里はためらった。
「長塚さん、私は後ろでも......」
「いや」
彼は身をかがめ、自分の手で彼女のシートベルトを締めた。そして、開いたドア越しに私を見た。
まるで、私がどう出るかを待っているようだった。
その日、私は怒りを抑えられなかった。
それでも昌也は、少しも取り乱さなかった。
「誰が隣に座るなんて、どうでもいいことだろ」
「私が気にするって、わかってるでしょう」
「なら、気にしないようになれよ」
その後、私は高熱を出した。
昌也は、その夜は家にいてくれると約束していた。けれど、いつの間にかまた友加里のことで言い争いになった。
結局、彼は私の目の前で彼女に電話をかけた。
「支度しておけ。開沢へ行くぞ」
開沢(かいざわ)には、長塚家の別邸があった。
私はベッドの上で、どうにか体を起こした。
「でも私、熱があるのよ......」
「薬は棚に入ってる」
「どうして?家にいるって約束してたのに......」
彼はもうコートを羽織っていた。
「そのつもりだったさ。また喧嘩にしたのはお前だろ」
そう言って、ドアを閉めて出ていった。
その夜、激しい雨が降っていた。
熱は上がり続け、とうとう私はタクシーを呼んで、一人で救急外来へ向かわなければならなくなった。
看護師が点滴の準備をしている間に、私はスマホを取り出し、メッセージを打った。
【つらいよ......】
送信する前に、友加里の最新の投稿が目に入った。
別邸のテラスが、暖炉の火に照らされている。テーブルには、グラスが二つ並んでいた。
【静かな夜って、やっぱりいいですね】
写真の端には、昌也の腕時計が写っていた。ひと目で彼のものだとわかる、見慣れた時計だった。
しばらく、その写真を見つめていた。
そして、打ちかけのメッセージを消した。
あの夜を境に、私は何も求めなくなった。
昌也の帰りが遅くても、どこへ行っていたのか聞かなかった。友加里が彼の車に乗っていても、言い争わなかった。直前になって二人の約束を取り消されても、返す言葉は一つだけだった。
「わかった」
夜中に友加里から電話がかかってきて、昌也が私の目の前で部屋を出て電話に応じることもあった。
私はただ寝返りを打ち、そのまま眠った。
昌也は満足していた。
一度、彼が流佳たちに話しているのを聞いたことさえある。
「最近はずいぶん落ち着いたよ。前は何でもいちいち問い詰めてきたけど、ようやく騒ぎ立てるほどのことじゃないってわかったらしい」
みんな、私が以前より付き合いやすい女になったと思っていた。
私は手の中の充電ケーブルに目を落とし、くるくると巻いて、ごみ袋へ放り込んだ。
かつての私なら、彼のスマホを見つめながら、説明してくれるのを待っていただろう。
今の私なら、目の前にロックのかかっていないスマホを置かれても、わざわざ見ようとは思わない。
これが、彼の望んだことだ。
昌也は、私が黙っているのを、ようやく彼の言うことを理解した証だと思っていた。
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