あなたたちのゲームから降りた日第2話
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出発する前に、彼らから預かっていたものを返しておこうと思った。
岳が12歳のとき、初めてバスケの大会でもらったメダルを私に押しつけ、「なくしそうだから、透花が預かってて」と言った。
私はそのメダルを手に、体育館へ岳を探しに行った。
彼は床にしゃがみ込み、雛乃が学生寮で使うハンガーラックを組み立てていた。そばにはマットレスやデスクライト、収納ボックスが山のように積まれている。
「これ、もう少し低くして」雛乃が高さを確かめながら言った。「私じゃ届かないよ」
すると岳はすぐにいったん分解して、組み立て直し始めた。
私に気づくと、何気ない口調で尋ねる。「何しに来たんだ?」
私はメダルを差し出した。「返しに来た」
岳は一瞬きょとんとした。「お前が持ってればいいだろ?なんで急に返すんだよ」
「この先、返す機会がなくなるかもしれないから」
彼はその意味に気づくこともなく、メダルを雑用品でいっぱいの段ボール箱へ無造作に放り込んだ。「ちょうどいいや。雛乃の寮で使うもの、まだ足りてないんだ。お前、力あるだろ。こっち来て手伝ってくれ」
私は動かなかった。
雛乃が慌てて口を挟む。「大丈夫だよ。透花は北嶺に行くんだし、きっと荷造りで忙しいから」
岳は私をちらりと見た。「こいつ、昔から出かける準備なんて10分で終わらせるだろ。何が忙しいんだよ」
私はそのまま背を向けた。
彼は追いかけてもこなかったし、私がいつ出発するのかと尋ねることさえしなかった。
……
理玖は図書館にいた。
私は彼がうちに預けていた、コンテスト用の研究原稿を数部返した。
彼はそれを受け取ると、椅子の背もたれに掛けてあったカメラバッグに目を留めた。
その中には私が15歳のときに1年間お小遣いを貯めて買ったカメラとメモリカードが入っていた。
私たち五人の高校生活は、ほとんどすべてその中に残されている。
「カメラも置いていって」理玖が言った。「雛乃が成長記録のムービーを作って、大学の新入生歓迎イベントで流したいらしい」
「これは私のものだけど」
「ちょっと借りるだけだよ。返さないわけじゃない」
彼は雛乃を手招きした。
雛乃がこちらへやって来て、物欲しそうにカメラバッグを見つめる。「透花、みんなの昔の写真を何枚か選びたいだけなの」
「でも、私たちの子供時代に雛乃はいなかったよ」
雛乃の顔がさっと青ざめた。
理玖が咎めるような目を私に向ける。「そんな言い方をする必要がある?雛乃はただ、もっと早く僕たちと知り合えなかったことを残念に思ってるだけだ」
「だから私の過去を持っていって、その穴埋めをするの?」
理玖はとうとう苛立ったのか、カメラバッグへ手を伸ばした。「数日借りるだけだろ。大げさにするなよ」
けれど私は、彼が持ち上げるより先にカメラバッグを取り戻し、そのまま肩に掛けた。「貸さない」
理玖が眉をひそめる。「透花」
「写真が欲しいなら、自分たちが持ってるものを使えばいいでしょ。このカメラは私のものだから、誰にも貸さない」
雛乃は唇を噛み、寂しそうに目を伏せた。「……分かった。無理に借りるつもりはないよ」
理玖はまだ何か言いたそうだったが、私はそれ以上取り合わなかった。
カメラバッグをしっかり抱え直し、そのまま二人の前を離れた。
……
奏多には、官舎街の入口で呼び止められた。
「ちょうどよかった」
彼はポータブルSSDを私の胸元へ放り投げた。「この中に、俺たちが持ってる動画は全部入ってる。お前、編集得意だろ?雛乃の18歳の記念ムービーを作ってやってくれ」
「雛乃には18年分の素材なんてないでしょ」
「だから俺たちのを使うんだよ」奏多はさも当然のように言った。「お前が映ってて都合の悪いところはカットして、代わりに雛乃の写真を何枚か入れれば、それで完成だろ?」
私は手の中のSSDに目を落とした。
そこには、私たちが初めて自転車に乗ったときの動画も、初めてキャンプへ行ったときの動画も、四人が祝ってくれた私の誕生日も、すべて残されていた。
それを今、彼らは私だけ切り取ろうとしている。
私の代わりに雛乃をそこへ入れて、まるで彼女が最初から自分たちと一緒に育ってきたかのような、偽りの思い出を作るために。
「いいよ」私はSSDを受け取った。
逆に奏多のほうが面食らったようだった。「ずいぶんあっさり引き受けるんだな?」
「言ってたでしょ。私なんて、せいぜい2日も拗ねてれば元に戻るって」
彼は気まずそうに鼻をこすった。「分かってくれたならいいんだ」
最初から最後まで、私がいつ北嶺へ行くのかと尋ねた人は一人もいなかった。
夜になると、朔臣がデートに誘いに来た。
連れて行かれたのは、私たちがよく通っていたしゃぶしゃぶ店だった。けれど彼はずっと俯いたまま、スマホでメッセージを返していた。
雛乃が「買ったマットレスが硬すぎる」と言えば、すぐに店へ連絡して交換を手配する。
今度は「ルームメイトとうまくやっていけるか不安」と言われれば、長いボイスメッセージを何本も送って彼女を宥めていた。
私の前の牛肉が煮えすぎてすっかり硬くなっていることにさえ、彼は気づかなかった。
「朔臣」
「ん?」
「明日、私が何をするか覚えてる?」
ようやく彼が顔を上げた。「荷造り?」
「まあ、そんなところ」
彼はほっとしたように息をつくと、食後に頼んでいたわらび餅を私の前へ押しやった。「そんな不機嫌な顔するなよ。北嶺に行ったら、向こうでちゃんとやれ。会いに行くって約束したんだから、破ったりしない」
店を出るとき、彼は俯いて私の額に軽くキスをした。「いい子で出発まで待ってろ。しばらくしたら、俺たち五人で北嶺まで会いに行くから」
私は何も言わなかった。
その嘘を暴くこともしなかった。
家に帰ると、私はポータブルSSDをパソコンにつなぎ、そこに入っていた動画から、私に関わるものをすべて削除した。
私の18年間を、どうして雛乃の人生を飾るために差し出さなければならないのだろう。
SSDを抜き、宅配便の箱に入れた。
これが、私から彼らへ贈る最後のプレゼント。
私という存在だけをきれいさっぱり消し去った、彼らの「過去」だった。
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